隣国の姫君に貢物を渡したい。出来れば巷で噂になっている金色の狐の毛皮を。
城主・黄昏甚兵衛からの命を受けたタソガレドキ忍軍が向かった先は、噂の出処とされた人里離れた山間であった。そこで組頭・雑渡昆奈門は狼隊を筆頭に総勢五十名近い忍軍に向けて調査ならびに狩りを命じたものの、目撃情報はおろか、手がかりは一切見つからず。
忍たちは山を隈なく探索し、仕掛けた罠も空振りに終わり、次第に焦りと苛立ちが募っていく。
「本当に金色の狐なんかいるんですかね?」
一人の若い忍びが、手に持った網を振り回しながらぼやく。
「金色ですよ? こ、ん、じ、き!そんなのまるで、妖か幻かって話ですよ」
「さあ……しかし火のない所に煙は立たぬと言うだろう。探せば手がかりぐらいはあるかもしれない」
茶色ならばいざしらず、金色の毛皮を持った狐なんか見た事がない!不満を漏らす諸泉尊奈門を前に、雑渡は大火傷により皮膚を引く体を庇い、足を揃える。それが気に食わない諸泉はいつものように「足を揃えないでください……」と力なく言ったが、足を揃えて狐が出ると言うわけではないだろう。
彼は構わず竹筒にストローを差して粥を啜りながら、味気の無い粥を味わい、そして息を吐き出した。
「……黄金色の、狐ねえ」
「……?何か言いましたか?」
「いいや、何も。……それよりも尊奈門、随分と余裕があるじゃないか」
「ああ、いや、これはその」
普段よりも冷えた声に、諸泉はいまの機嫌を察してもう一度調査に出る。一人残された場はこの味気無い粥と同じように退屈で、後は吉報を待つのみではあるが――此処で違和感を感じる。背中側に、なにか例えようのない温もりを感じたのだ。
しかし、足音は感じなかった。それに温もりを感じるほど距離を詰められたと言うのに嫌な気が一つもしない。頭にある想定はどれも曖昧で、答えを求めて振り返ると、そこにある白金のモフモフに瞬くことになった。
「…………おや」
思わず零れ落ちた、間の抜けた言葉。背中に身を寄せた白金のモフモフ。犬なのか、猫なのか。顔が見えないせいでそれが何なのかは分からない。けれども、これまで目にしたことのない美しい毛並みは黄昏甚兵衛の言っていたものを想起させる。
「……、……」
雑渡はその正体不明のモフモフを見る。馬鹿げた事に「噂の狐は君か」と尋ねたのは単なる場繋ぎの暇潰しだが、その生き物は言葉が通じるらしい。白いモフモフが波打つように動いたと思えば、とつぜん大きな三角耳が二つ立ちあがり、金色の瞳を持った顔が此方を向いた。
「…………ああ、そう。…………確かにこれは金色か」
身を起こしたその白銀の狐は猫ほどの大きさだった。個体としてはまだ子供だろうか。光沢を持ったその艶のある毛は陽射しを受けるたびにテラテラと黄金色に輝く。その輝きが噂の狐であることは語っており、随分と人懐っこい狐は足を組んだ膝の上に乗って身を寄せる。
適当な山犬とは違って、柔らかい毛質に暖かい体温。頭を擦りつける姿を見て、餌を要求しているのかと思い、竹筒に刺したストローを差し出してみた。しかし、狐は興味を示さず、不発に終わった。ただ単純に構って欲しかったらしい。狐は「なんだこれ?」という様子で首をかしげたあと、また同じように頭を摺り寄せてきた。
「……お前、人懐っこいな」
「ミー!」
「コンコンと鳴かないのか?」
「ミー、ミーッ」
「へぇ」
多分、会話にはなっていない。お互い適当に言いたいことを言って、会話らしいことをしているだけ。それでも味気の無い粥が底をついたことも気付かずに吸い上げた程度には、今ある不思議な時間が充実していたらしい。
飽きたように立ちあがる狐を見て、雑渡は言う。
「もう、行くのかい」
「ミー!」
「そうか、じゃあ捕まらないようにいくといい」
もう二度と会えないと良い。次に会うとすれば、優秀な部下たちが連れてきた時だろうから。
それ以上の事は言わず、最後に頭を摺り寄せる狐を見ていたが、「おじさんとまた逢えたら嬉しいな」と此方を向いた時に聞こえたの言葉は幻聴だろうか。瞬いて狐の顔を見ると、狐は金色の瞳を細めた後口角を吊り上げて余韻もなく走り出していった。
それから幾ばくも無く戻ってきた部下たちは、収穫が無い事に落胆した様子であった。「手がかりが一つもないなんて」「もっと簡単に見つかると思っていた」言っている事は様々で、そのうちの一人は全く黄色くもない茶色の狐を仕留めていたが、あれを献上して陽の光で黄金色に見えたようだと説明するしかないだろう。
「そういえば、狐ってコンって鳴かないらしいよ」
落胆の色が広がるなか、ポツリと雑渡が言う。それを聞いた部下たちはいったい何の暗喩だと一瞬どよめいたが、それ以上の説明はなく、ただ機嫌の良い笑い声が零れ落ちた。