折り畳み傘の日

 放課後になり、とつぜん地面を叩くほどの白糸が降り始めた。予告も無く降り始めた大雨に、生徒玄関前は阿鼻叫喚。長らく放置していた置き傘に助かったと胸を撫でおろす者の傍では、頭に鞄を乗せて走る男子生徒たちの姿がある。それに苦笑する一部は身を寄せ合って一つの傘を二人で使い、なんとも微笑ましい限りだが……今日の私はそれを微笑ましいと思うだけの余裕がある。

「ふっふっふ……」

 何故なら、新しい折りたたみ傘を持ってきたのだ!
 頂き物で重厚感と風情のあるネイビー生地に、天然木を使用したハンドル。落ち着いた色合いで正直女子高生が持つには大人すぎる気もするが、それでも新しい傘というだけでなんだか胸がときめいてしまう。
 鞄から取り出して、傷をつけないようゆっくりとスナップボタンを外す。お高い高級傘ともなると、やっぱりあのペリペリ剥がすマジックテープ式ではなくなるんだな――そんなことを思いながら開き、さぁ、いよいよこれを使って帰ろう。そうやって歩き出した瞬間。とつぜん自分にかかった影が晴れて、手にある傘がなくなってしまった。

「え?」
「おう、借りるぜ」

 理解が追い付かず、ハンドルを掴んでいる筈の手を開閉してみる。しかし、不思議なことにあの折り畳み傘はない。あるのは細くて細かい手の皺だけで、ゆっくりと視線を先に向けると「ギャサリン!おれの傘に入ってけよ!」と言って、私の傘を使ってギャサリンを誘い、共に帰るジャブラの姿があった。

「へ……?」

 なんというか、理解が追い付かない。どうしてこうなった?いや、そもそもあの折り畳み傘はお気に入り以前にこの大雨のなか帰るために必要な道具なわけで、あれがないと帰れないんだけど?!……しかしいま思ったところで、彼らの姿はもう米粒だ。当然引き留めることも出来ず、一人残されて茫然としていると背後からの声掛けが袖を引いて、アネッタは茫然としたまま振り返った。

「アネッタ?なんじゃ、まだ帰っておらんかったのか」
「…………う、……うん……」
「?傘はどうした、今日はこれを使うんだーと張り切っておったじゃろ」
「ジャブラが……持っていっちゃった……」
「はあ?」

 いや、はぁ?なのは私なんだけども、カクから聞いても同じ状況らしい。いやぁ。こういうことがあってね。なんてカク相手にカクカクシカジカと話すと彼はかなり呆れた様子で溜息を吐き出して、自分の鞄から折り畳み傘を取り出して尋ねた。

「わしの傘に入っていくか?どうせ帰る先も一緒じゃしのう」
「エーン、ありがとう……帰ったらジャブラにお礼のプリンでもたかろうね……」
「アイツがそんな気の利いたもの買ってくれるかのう……」
「ギャサリンさん次第かなぁ……」

 一緒に帰ったことでジャブラの恋が実り、カップルにでもなっていればジャブラも喜んでプリンくらいは奢ってくれるかもしれない。いや、もしそんなことになっていれば、コンビニで三百円ぐらいする大きいパフェアイスを買ってもらおう。
 カクが開いた傘に入り、隣に並んで一緒に帰る。彼の傘は随分と大きいのか全く肩も濡れず、やっぱり男性用の傘は大きいんだな……なんて歩きながらちらりと彼を見上げると、彼の肩がぐっしょりと濡れていた。つまり、彼は此方が濡れないよう傘を傾けてくれていたのだ。

「ねえ、肩濡れてるよ。自分が濡れちゃだめだよ」

 そう言うと、カクは小さく息を吐き出しながら一度だけ肩を抱き寄せる。

「じゃあ、わしに協力してこれぐらい近付くんじゃな」
「あはは、これは近すぎない?……あ、カクの傘持ちが下手説!私が持つよ!」
「……コラコラ、身長差を考えんか。わしの頭が思いっきりめりこんどるんじゃが」
「アレー?」

 シトシトと、シトシトと雨は続く。けれど不思議な事に雨が静けさや憂鬱さを呼び寄せることはなく、談笑は続いて軽やかな足取りにパチャンと水が跳ねた。