旅は二人きりで

 とつぜん学校に行くのが億劫になって、「早く来んと遅刻じゃぞ」という連絡に、今日はサボると返す。それから向かった先は最寄り駅。券売機の前で、お財布に入ったお金を確認し、路線図を見て行先を考える。
 サボってブラブラ歩くのなら、どこが良いだろう。原宿の竹下通りか、それともお台場のショッピングモールか。選択肢がありすぎて悩ましいが、あまり人が多すぎてもあっけなく補導をされてしまいそうだ。かといってこれから空港に行っても怪しまれそうな気がして、暫く悩んだ後に頭の中を過ぎる選択肢を掴んだ。

「……冒険、しちゃいますか」

 言いながら買ったのは、熱海駅までの在来線切符だった。此処から熱海までは在来線だと二時間近くかかってしまうが、どうせ今日は夕方まで時間があるのだ。往復を考えても十分に帰ってこれる。何より、新幹線よりも遥かに安い。
 そうして深く考えることもなく電車に乗り、東京を発つ。突然の出来事に、連絡を受けた幼馴染は「は?」「いや待て」「なんでサボるんじゃ」「というか、いまどこにおるんじゃ」と困惑した様子で連絡を返すものの、彼は位置情報共有アプリで此方の居場所が分かる筈。よって詳しい事情は話さずに、適当な可愛らしいスタンプだけ送って携帯をしまい、やがて辿り着いた熱海の駅前を観光して”待っている”と、想像通りに機嫌の悪い幼馴染が首根っこを掴んできた。

「コラ」

 そんな、可愛らしいお叱りつきで。

「あは、捕まっちゃった」
「何が捕まっちゃったじゃ。わしまでサボらせおって」
「サボってなんてお願いしてないも~ん」
「生意気な女じゃのう」

 サボったのに。此処まで追いかけてきてくれたのに。彼の言葉は穏やかだ。きっと、言葉通りに此処まできてくれたら嬉しいなという気持ちを汲み取ってくれたんだと思う。勿論こんなお願いはもう二度と聞いてはくれないだろうけど、それでも此処にカクがいる。
 それがなんだかたまらなく嬉しくて、此方を見る彼の胸に身を寄せようと思ったが、そういえば此処は駅前だった。溢れそうな思いをグッと堪えて「ありがと」の一言に留めると、代わりに彼の手を取ると指を絡めた。

「わはは……全く、本当に厄介な女じゃのう、お前は」
「んふふ、誉められちゃった」
「誉めておらんわい。……それで?このあとはどうするんじゃ」
「えっとねぇ、この左手に商店街があるから、その先を通って海に行ってみようかなって」
「ほう!海か、そりゃええのう」
「でしょう~。商店街もねぇ、なんか美味しいものがいっぱいあるんだって」

 特に合図もなく、自然と歩き出す。
 手を繋いで、指を絡めて。そうすれば、いまこの時だけは兄妹ではなくカップルに見えるだろうか?……まぁ、そんなことを思っているのは自分だけかもしれないけれど、他愛のない雑談をしながら、商店街へと進んで蒸籠から湯気を立たせているお店を見る。「あれなんだろう?」「温泉饅頭じゃと」そんな会話をしながら一個百円の値段に引かれて温泉饅頭を一つ買う。
 温かいそれは力強く持つと崩れそうで、それを彼の口元に向けて一口分けると表情が緩んで、自分も口へと運んだ。

「んっふっふ、甘くておいしいねえ」
「このこしあんは舌触りがええのう。そういえば、温泉饅頭もほかの店にもあるようじゃが店によって違うんじゃろうか……」
「どうだろ、それこそ粒あんとかあんこが違ったりするのかな」
「ほー……なら食べ比べもありじゃな」
「だね」

 その調子で温泉饅頭の食べ比べを続け、ほかにもたこせんべいとか、いかせんべいとか、おっきなブロックみたいな形をした練り物を一つずつ買う。こればかりはもう少しお小遣いがあればひとり一つずつ買えたのだが、なんせ往復で五千円近くかかってしまう。
 よって今日は節約で、一つを分け合っていく。それでも、不思議と彼と一緒だからかやだなぁなんて気持ちは一つもない。顔よりも大きいたこせんべいは大きいだけじゃなくてパリパリで美味しかったし、行列になった練り物屋さんの練り物串もむちっとして噛み応えがあって、旨味があった。それから商店街を抜けた後に見かけたお菓子やさんで買った苺あめも美味しかったし、なんだかんだ海にたどり着いた頃にはお腹が膨れていて、私とカクは人工ビーチの砂浜をローファーで歩いて波打ち際まで近付いた。

「あはは、さむーい!」
「流石にこの時期じゃまだ寒いのう……」
「寒すぎて観光客も少ないねえ」
「泳げるわけでもないし、この寒さじゃな」
「海だと風も強いしねぇ」

 辺りを見回しても、自分たちみたいなTHE観光客って感じの観光客の姿は少ない。それよりも上下スウェット姿の人だったり、犬の散歩をしているような地元民の姿が多く、なんだか構ってもらいたそうな顔で尻尾を振る犬のもとへと近寄って、可愛いポメラニアンを撫でさせてもらう。
 そのとき、カクがしゃがんでポメラニアンの丸ちゃんを撫でる私の頭を撫でてくるのが不思議で「なあに」と尋ねて丸ちゃんといっしょに見上げると、カクは頬を緩めて笑みを見せた。

「ん、いや、可愛いのうと思って」
「えぇ?」
「フフフ」

 機嫌良さそうに口角を吊り上げて一人笑うカク。その姿を飼い主さんはなんだか微笑ましい顔をしていたけれど、私と丸ちゃんは一緒になって首を傾げるしかない。丸ちゃんと別れた後、立ちあがってカクの手に指を寄せた。

「カク」
「うん?」
「楽しいねぇ」
「…………そうじゃのう」
「あーあ、これが本当の旅行だったらゆっくり泊まって、もっといろんなところがみれたのにな」
「わはは……それは高校を卒業したらじゃな」
「じゃあ今日はその下見ってわけだ」
「物は言いようじゃ」

 寄せた手が取られて、指が絡まる。その暖かな手は自分のものよりも随分と大きくて、それでいて温かい。手を握り返してまた歩き出して「それじゃあ卒業旅行を熱海にするってのはどう?」そう尋ねると、彼もまた歩き出しながら息を吐き出すように笑い「じゃあ、ホテルの下見がてらもう少し歩いて回るか」そう言いながら手を引いた。