すらりとした指先が、星をなぞる。時刻は午前一時、次の街へと向かう船の上にて。
セントポプラを発ち、暫くが経った。見張り台での不寝番は退屈なもので、望遠鏡を使って変わり映えの無い海を見ていると、ブランケットと、それから少しのお菓子を片手に幼馴染がやってきた。どうやら彼女は眠れなかったらしい。これは口止め料だと言って昼に焼いたクッキーを渡されたが、これは恐らく口止め料というよりも賄賂だろう。
隣を陣取ってぴったりと身を寄せる彼女は、クッキーを食べるわしを見る。なんだか物欲しそうだったので口元に一枚寄せると、嬉しそうに其れを食み頬を緩めていた。全く、これでは誰のための賄賂だと思ったが、彼女はへらへらと笑って「美味しいねぇ」というので、わしは暫く咀嚼を繰り返したのち、「そうじゃな」と静かに返した。
「海の上って、とくに星が綺麗に見えるよねぇ……」
「灯りがないからのう」
「ふうん……あ、流れ星!」
ぱちぱちと、小さな星が爆ぜるように目を輝かせる彼女の瞳が好きだ。
隣から見た彼女の瞳は硝子玉のように丸みを帯びていて、小さな星が爆ぜる。月光を受けて金に煌めくその瞳を見ていると、瞳が此方を向いて悦びを滲ませながら囁く。
「なあに」
その声は、穏やかで、優しくて、暖かなものであった。あんまりにも穏やかだったから、それがなんだか、自分だけに与えられた特別なもののように思えて、胸が熱くなる。
どうして彼女を前にすると平静を保てないのだろう。これが愛とするならば、これほどまでに厄介な感情も無いだろう。
「……カク?」
不思議そうな顔が、わしの顔を覗き込む。ただ、この抱いた感情を吐露するには、どうにも独りよがりに思えて気恥ずかしく、わしは彼女へと身を寄せて、小柄な彼女の頭に己の頭を摺り寄せる。頬に触れる柔らかな猫ッ毛が心地よかったが、普段はあまりこういったことをしないせいか、彼女はえらく困惑していたように思う。「どしたの、今日は甘えん坊?」と尋ねる声色は僅かに心配を滲ませていた。
「……そうかもしれんのう」
「へー……」
「……嫌か?」
「うん?あぁ、いや、別に嫌ではないよ。ただ、珍しいことがあるなぁと思っただけだよ」
「まぁ、……そんな日もあるじゃろ」
「そうだねぇ。甘えたなカクくんになるときだってあるよねぇ」
「ム……馬鹿にしとるんか」
「んふふ、可愛いなって思っただけだよ」
ころころと鈴を転がすような、彼女の笑い声が好きだ。彼女が笑うと、途端に自分も嬉しくなってしまう。満たされてしまうのだ。
いつだったか、ジャブラが「男ってのは、女に惚れた時点で負けだ」と言っていた事を思い出す。当時はギャサリンにフラれておきながら一体何を、だとか、女に惚れて何を負けることがあるのだと思ったが、今となればあの男の言っていた意味が少し分かるような気がする。
今宵の気温は十五度以下と多少の肌寒さはあるはずなのに、胸がぽかぽかと暖かく、そこから広がりゆく温もりに息が落ちる。
隣にいる彼女に腕を回し、腰を抱く。アネッタは空気も読めずに暫し瞳を瞬かせていたが、感情を色濃く映した瞳を長い睫毛で覆い、伏せてしまうと言葉代わりに頭を寄せた。
星降る夜に、小さな星が爆ぜる。鼓動の高鳴りは爆ぜた星が原因か、それとも愛しい彼女のせいか。
波音に混じる小さな囁きは、二人だけのものであった。