ライムジュースは猫に手を焼く

 横付けされた海賊船で男達の笑う声が響く。相手が赤髪海賊団の船と知ってか知らでか、無謀とも言える挑戦者を迎えるは幹部の数名で、緩く弧を描いたサーベル刀を、電気を纏わせた棒が弾く。外へ弾かれたことで後ろに大きくのけ反った海賊の胸元はガラ空きだ。幹部格の男ーーライムジュースは左足を基点に踵を返すようにして反転すれば、サーベル刀とは違い上下なんて関係ない棒をその身に叩き付ける。

 なんだ、うちの船相手に無謀な真似をするものだから、ちょっとは面白い事をしてくれるかと思ったが、ただの物知らずだったか。

 興醒めだと息を吐き出したライムジュースは、僅かに下がったサングラスを、親指と中指を使ってクイと上げる。それから、隣で汗一つかかず、涼しい顔で海賊たちをのしていくベックマンに向けて声を掛けようと開いた口が、そのままあんぐりと開く。いまだ戦闘中であるベックマンの足元を、悠然と歩く猫の姿を見たからだ。

「だっ…?!ぁ…?!?!」

 ライムジュースは素っ頓狂な声をあげる。ベックマンも足元をのたのたと歩く猫に気付いたようで、「おっと」と視線を落としたが、その程度で彼は揺らがない。チャンスだと先の戦いで学ぶことなくサーベル刀を振り被る海賊に銃口を向けると、迷いなく引き金を引いて頭を打ち抜いた。

「おい馬鹿猫どこ行って…!!」

 馬鹿猫だなんだと言いながら、ライムジュースは後を追いかけて手を伸ばす。猫は液体だなんだというが、まさにそれに等しく、彼女はぬるりするりと手を交わして進む。ここでベックマンが追いかけないのは、これが日常茶飯事だからなのだが、なんだかんだ世話焼きのライムジュースは放ってはおけないらしい。

「おいっ…っばか、この…っ待てって…っ言ってるだろうが!」

 しかし彼女を捕まえるには、あまりにも海賊が多すぎた。ともすれば、比較的短気なライムジュースがそれを良しする筈もなく、「おおおッッ!テメェら邪魔だァ!!」と吠えたライムジュースが電気を纏った棒で海賊達を一度に薙ぎ払う。それを見て奥に控えた海賊は隙ありだと弓矢を放つが、弓矢如きでライムジュースは怯まない。

 彼は手首を八の字に捻って棒を回すことで、迫る弓矢の側面を叩いて軌道を変えると、そのまま海賊の懐に飛び込んで、纏った電気を胸へと流し込んだ。

 そうして海賊を一掃したライムジュースは辺りを見回す。気付けば猫の姿は見えず、この戦いに巻き込まれたんじゃと思ったが、「うなぁ」なんて可愛げのない声が足元から聞こえれば、ライムジュースは詰まりかけていた息を盛大に吐き出しながら、ずるずるとその場に座り込んだ。

「お前なぁ……。……はぁ、いい土産を見つけたようで何よりだよ、クソ猫」

 先程まであんなに逃げていた猫はライムジュースに頭を擦り寄せる。その口元には大振りのエメラルドを使ったネックレスがあり、泥棒猫とはまさにこいつの事じゃないかと乾いた笑いが落ちる。

 それに、今こうやって頭を摺り寄せたのだって、甘えているわけではない。欲しいものは手に入れたから早く船へと連れ帰ってくれという要求であり、ライムジュースは何度目かの息を吐き出すと「仕方ねぇなぁ」と彼女の体を抱き上げた。


レッド・フォース号へと戻った彼女の後を追う。そういえばあの宝をどうするのかと、なんとなく気になったからだ。

 甲板に降り立った後、猫は一度だけ此方をちらりと見たがすぐに視線は他所へと向いて、船内にある隠し部屋へと向かう。まぁ、隠し部屋といっても子供が入れるだけのスペースはおれたちの娘・ウタがいた頃によく使っていた場所だ。部屋主がいない今、そこは物置にすらならず、ガランと戸を開けたままの空き部屋になっていたと記憶している。
 戦闘の間隠れておくためだけの隠し部屋はウタにとって秘密基地だった。だから空き部屋になった今も其処には彼女がいた頃の痕跡が残っていて、壁に張られたウタの絵が、やけに懐かしかった。

 ただ、不思議なことに、そこにはティアラに金貨、指輪と様々な宝が転がっていた。恐らくそれは猫の仕業だと思うが、彼女は今日手に入れたネックレスをぽとりと落とすと、彼女は途端に興味が失せたように空き部屋の前でお座りをしてぼんやりと誰もいない空き部屋を眺めていた。

 ああ、そういえば、この猫が戦闘時にも外に出るようになったのはウタが居なくなってからだった。なんせ、それまでは大人しくウタと隠し部屋で待っていた。モンスターと違って猫は積極的に遊んでやることもなく、ただ居るだけの彼女はウタに紙で作った冠を乗せられたり、布切れを巻かれたりして遊ばれる立場だったけれど、彼女としても色々と思うことがあったのかもしれない。それこそ、おままごとが好きだったウタのおもちゃを用意する程度には。

「……寂しいもんだよなぁ」

ライムジュースは膝を曲げてしゃがむと、座ったままの猫を撫でる。彼女はそれに鬱陶しそうな目を向けるが、一言「んなぁ」と言うだけで、手を払うこともなく、その場を離れようとしなかった。