大学に進学したあとの生活は、それなりに落ち着いていたように思う。世界政府からの推薦で進学したけれど、案外授業は面白かったし、新しい友人も出来たし。何より高校よりも縛られていない自由さは気軽で、今日も朝から授業に出ていたのだが、隙間時間に校舎を出ると気になる会話を耳にした。
「なぁ、正門前に止まってる車なんなんだろうな」
「いやぁ、あれは絶対借金取りだろ…」
「ひえ~おっかねぇなぁ……」
興味と恐怖を滲ませた会話。ちらちらと正門に視線を向けながら通り過ぎていくほか生徒たち顔に同じようなものを滲ませており、わざわざ警備員が立っているような大学まで来るものなのだろうかと疑問を抱く。……まぁ、借金取りに追われているのだと示してやるだけで嫌がらせにはなるとは思うが、どうにも利口とは言えないようにも思う。
アネッタは少しの興味で正門へと向かうと、其処に停まった赤いオープンカーを見て足が止まった。
「ジャ……ッ」
運転席にはガラの悪い男が一人。一体どこで購入したのか尖ったデザインのサングラスに、派手なアロハシャツ。左目を横断する大きな傷はとてもじゃないが堅気には見えない。男は足を止めたアネッタに気付くや否や、表情を明るくして手を挙げた。
「よお、迎えにきてやったぜ」
途端に辺り一帯にあった視線が突き刺さる。アネッタは頭の中で思考を巡らせたあと「わあ、兄さん迎えにきてくれてありがとう!」と精いっぱい借金取りの男と借金をした女疑惑を払拭できるよう努めたものの、ジャブラは怪訝だ。ひとまず辺りの認識が親戚や兄妹に落ち着いたのを見て助手席へと乗り込むと、彼は早々に車を出す。
こういう時にシートベルトチェックとか、気遣いが無いところはジャブラらしい。だが、彼が迎えにくるなんて珍しい事だ。アネッタは解放感あるオープンカーの助手席で、心地よい風を受けながら尋ねる。
「それにしてもお迎えなんて珍しいね」
「まぁ仕方なくな」
「仕方なく?」
「おう、今からおれとお前で出張だとよ」
「……今から?」
途中でドライブスルーに寄って、ハンバーガーなどの軽食を調達してから高速へ。確かに方向的には羽田空港に向かっているように見える。しかし、此方はこれから昼休みを終え次第授業に出ようと思っていた身だ。とつぜん出張だと言われても準備が無いと訴えてみたものの…なんというかジャブラは楽観的というか、マイペースだった。
「ぎゃはは……!おれだって荷物は無えよ。必要なもんがあるのなら現地で買え」
「えぇ……」
「パスポートは持ち歩いてんだろ?」
「まぁ、必ず持ち歩くよう言われてるから持ってるけど」
なるほど。こういうことがあるから、いつ何時もパスポートを手放すなと言われたのか。
色々と言いたい事はある。その一方でカーナビが示す到着時間を見るに、あまりゆっくりはしていられないように思う。膝の上に乗せた袋を漁り、購入したばかりのハンバーガーの包みを開くと、ジャブラの口元にハンバーガーを寄せる。
彼は前を向いたまま、口を大きく開いた。
「お、気が利くじゃねぇか」
言いながら一口頬張るジャブラ。その一口は大きく、なんだか四口くらいで食べ終えてしまうのではないかと三分の一が無くなったハンバーガーを見ていると、「オイ、コーラ寄越せ」と強請られる。あとはもう彼に合わせて飲み物を飲ませて、口を開けるたびに親鳥の気持ちで食べ物を与え続けるが、予想通り四口ほどでハンバーガーがなくなってしまった。ポテトを彼の口へと運び、自分も食いっぱぐれないようポテトとハンバーガーを食べすすめたあと、「そういえば」と言葉を切り出した。
「今回はどこに何の任務で行くの?」
「潜入捜査だとよ、場所はあのー…なんつったか、あぁ、ヴェネチアだと」
「ヴェネチア……」
「なんだよ、不満か?」
「ううん、いやぁ水の都には縁があるなと思っただけ」
水の都に行くのは前世ぶりか。前世と現世では細かな風景も、そこにあるものも異なるが、それでも何か縁を感じてしまう。現地に行けば、その気持ちも膨らんだりするのだろうか。アネッタは機嫌良くクスクスと笑う。ジャブラはその様子にチラリと視線を送っても意味がわからんという顔をしていたが、それでも機嫌が悪いよりかはずっと良い。
派手な赤塗りのオープンカーは高速道路を進む。羽田空港の降口まであと一キロという緑看板と、それを報せるカーナビの声。到着まではジャブラにこの赤いオープンカーを購入したのか話題を向けて、関係者に借りたもので購入を検討していると聞いたアネッタは買うのであればグレー系にした方が良いと勧めた。
「そうかぁ?」
「そうだよ、グレーの方がジャブラっぽいというか……赤は派手すぎるっていうか」
「別に派手でいいだ狼牙」
「いや、うん、派手なのも素敵なんだけどね」
特に意味を為さない、普通の談笑。この購入に向けた議論は意外にも白熱して、飛行機に搭乗するまで続いたが、「そもそも出張が多い現職で購入するのは維持費ばかりかかってしまうのでは」という疑問で終わりを告げることになった。