二つの選択肢

最終話後のお話です。


 半年という長い眠りから目覚めたあと、〇〇は半年間を取り戻すように、休みなくリハビリを始めた。
 半年間眠り続けていた体は、想像以上に筋力が落ち、衰えていたのだ。

 ろくに補助なく歩くことが出来ず、壁に手をついて、亀のようなスピードで歩行練習を進める〇〇は「……っぁー……くっそぉ、まだ手放しでは歩けないなぁ。」と悔しそうに表情を歪ませており、「そりゃあ起きて一日二日じゃ無理じゃろうて」と励ましたものの、彼女は首を左右に振っては「一日二日じゃない、…もう一週間だよ」と言葉に焦りを滲ませながら呟きを落とした。

 元々苦と捕える事なく、努力を積み重ねられる性質だと思っていたが、それにしても、何か焦りすぎているようにも見える。不意に、かくんと膝から力がぬけたように体制を崩した彼女の体を支えたわしは、「まだ、一週間じゃ」とはっきりと言葉を返す。

「……一体何を焦ることがあるんじゃ。ルッチたちから何か言われたのか?」
「言われてないよ。……言われてないから焦ってるんじゃない。」

 そう言って、〇〇はもう一度壁に手をついて、崩れた体制を整えるように背を伸ばす。
 しかし、いまだ回復が追い付かない体を無理に動かしているのは足だけではなく、壁についた自分の体を支えるための手もぶるぶると震えており、不安定な身体はすぐに、また予期せぬタイミングでかくんと力が抜けて、〇〇の体は前に倒れてしまった。

「っ、ぅ」

 小さく呻きが落ちる。
 その様子にすぐに手を伸ばしたが〇〇は「いい、自分で起き上がる」といって、力も入らないくせに、立ちあがる方がずっと労力が必要だろうに、手も借りず時間をかけてゆっくりと身を起こす。
 人によってはなんて努力人なのだと感動する場面なのかもしれないが、わしからすれば無茶をして体を痛めつけているようにしか見えない。よって、彼女は手助け無用だと言っていたが腕を引っ張って体を引き起こしてやると、突然起こされた体は体勢を整えることが出来ずに、ぼすんとわしの胸に倒れた。

「……寂しいぞ、何もいって貰えんというのは。」

 すべてが解決したはずなのに、彼女はまだ、自分ひとりで何かを背負おうとしている。
 それが存外寂しくて、彼女の体を抱き留めながら零した言葉は少しばかり情けないものだったかもしれない。

「…、……んぐ」
「……わしと結婚してくれるんじゃなかったのか。」
「…そ、れを持ち出すのはずる、くない?」

 そう言って、顔を上げて此方をじとりと睨む彼女の頬は、ほんのりと赤く色づいている。全く、可愛い奴だ。赤く色づいたそれを愛でるように頬を撫でたのち、親指と人差し指で、同じくらい赤くなった耳朶をすりすりと撫でながら「わはは、お前の弱いツボなんて全て分かっとるからのう。」と零すと、わしに向けられた睨みが一層強いものになった気がするが、本当なのだから仕方ない。

「……それで?わしにはやはり何も教えてくれんのか。」
「……ちょっと場所を移そうか。……カク、部屋に連れて行ってくれる?」
「ああ、お望みとあらば。」

 そうして、彼女を抱きかかえて部屋に戻ったわしは、〇〇をベッドに座らせると、〇〇はぼすんと寝転がる。
 なんだかんだ体力も限界だったらしい。

「はー……疲れた。」
「無茶するからじゃろう。」
「うぐ。」
「それで?その無茶をする理由は?」

 早々に問いかける。こういうものは後回しにするよりも先に片づけていい方が良いに決まっているのだ。〇〇はその問いかけに「すごい気になってんね」と軽口を叩きながらも、サイドテーブルへと手を伸ばす。引き出しの窪みに指を引っかけて、そこから一枚の封筒を取り出すと、指で挟んでわしへと差し出した。

「ん。」
「これは?」
「さっき、お見舞いついでに届けられたお手紙。」
「あぁ、アイツか。」

 そういえば病室に訪れた時に、丁度すれ違いで扉を出た政府関係者と話をしたっけ。「あ、カクさん。」「おお、見舞いか」「えぇ、まぁ。ちょっと渡すよう言われたものもありまして。…まぁでもカクさんが来たんなら丁度良かったですね。お邪魔でしょうし。」「おぉ、よく分かっとるのう」「…少しはそんなことないわいって謙遜とかしてもろて。」そんな会話をしたことを思い出しながらも、差し出された封筒を受け取ると、表面と裏面をそれぞれ確かめる。
 手紙というには随分と武骨な白い長方形の封筒には、見覚えのあるマークがぽつんと端の方に描かれていた。

「……世界政府か」
「そ。」

 中の書面には今後の事が記載されていた。
 このままCP0として戦闘部隊外で任務を全うするか、もしくは――CPを抜けて護衛保護対象となるか。

「……成程のう、これを貰って焦っておるということは、護衛保護対象になりたくはないということか。」

 かつて、妖精族の女が護衛保護対象として24時間監視状況に置かれていたが、あれはあまりにも酷かった。24時間常に監視人を配置され、外に出ることは殆ど許されず、許されたとしても護衛付きでの移動となり、護衛が外されることは無く、自由なんて無いに等しい。

 加えて、無くなるものは自由だけではない。CPという立場を外れる以上、わしらの生存含めた情報は一切入らなくなるはずで、仮にわしやルッチなどのCPの一員が戦死しようとしたとしても、情報は入って来なくなるはずだ。

 つまりは24時間監視状況に置かれ、自由や権限を失う代わりに、衣食住と自分の命を保証してもらうか、それとも政府に身を捧げ、命に係わるような任務もこなして生きるかということだ。
 提示されたそれは、見ての通り随分とまぁ極端な選択肢で、これが25年間政府に尽くしてきた者に託された選択肢かと思うと、乾いた笑いが落ちる。

「極端じゃのう。」
「本当にね。……まー、護衛保護対象になればもう人を殺す必要なんてないし、働かずしてゆーっくり出来るんだろうけどね。……でも、自由ではなくなっちゃうでしょ。」
「そうじゃろうな、衣食住は約束されるじゃろうが、裏を返せばそれ以外は無いという事だからのう。」
「折角、竜人族として生きることが出来るようになったのに、また我慢ばっかりが続くのは嫌だし、………それに、例えカクが結婚相手でも、一緒に居ることも出来なくなるじゃない?」
「……そうじゃな。」
「まぁ、だからそれだけは嫌だなって……ちゃんとまだ私はやれるんだってところを見せないとと思って焦っちゃったんだけども……カクはどう思う?」

それはただ感想を聞いているのではない。どうしてほしい、という問いかけだ。

「お前の考えを尊重するとしか言えんのう」
「いいの?」

少しばかり、意外そうに〇〇が問いかける。

「………まぁ、信じとるからのう。」

 言いながら、もう一度だけわしは彼女に手を伸ばして、頬を撫でる。
 勿論、彼女が遠くにいったとしても、今まで通り、何かと理由をつけて縛りつけても良いのだが、今の関係性にそれは必要ない。目の前にいる〇〇は、金色の瞳にわしだけを映したまま、眼元をとろりと緩めるので、わしは頬を撫でていた手を顎まで降ろして、そのままくいと顎を掬えば、いつものように口付けを落とした。

「んふふ、じゃあやっぱり頑張らないとね」
「焦らない程度にな」