クリスマスの夜に

「うー……あだまいだぁい……」
「クリスマスに熱を出すとは運が悪いのう。」

クリスマス。グアンハオの子供たちもどこか浮かれるような、そんな特別な日に、アネッタは高熱を出して寝込んでいた。簡素なベッドで呻くアネッタの頭は、風呂上がりのように熱く、脇から抜いた水銀の体温計は今朝と同じく38.8を記録している。ああ、どうりで呻くわけだ。
記録係兼見張り担当に任命されたわしが記録を残していると、「うう……クリスマスたのしみにしてたのに…」と今にも泣きそうな声で零すので、思わず笑ってしまった。

「ま、ゆっくり寝とくんじゃな」

全く本当に運の悪い奴だ。一か月前からずっとこの日を楽しみにしていたのに、よりにもよって当日に熱を出すのだから。記録を終え、鉛筆と記録した紙を机替わりの木箱の上に置いて、代わりに、傍らにある小さな桶に沈めたタオルを引き上げてぎゅうっと力いっぱい絞ると、それを額の上に置いてやったのだが、彼女はわしを見つめて何か言いたそうだ。

「…ん、なんじゃ、どうした?」

続けて、「辛いか?」と問いかける。熱になった時は心細くなるというし、せめて甘やかしてやるかと、なんとなくな思い付きで彼女の頭を緩々と撫でたのだが、それがよほど嬉しかったようで金色の瞳がとろりと蕩けるように細まって、「…んーん。……あたまいたいしつらいけど、カクと長くいれるのうれしいなあって…」と言葉を紡ぐ。

それが存外というべきか、甘え百%だったものだから、思いもよらぬところで不意打ちを食らってしまったわしは、「…んん………」と言葉を濁らせてしまった。ああ、耳が熱い。
しかし、アネッタからしたら、自分の言葉に対して微妙な反応を返されたようにでも見えたのだろう。頭が痛いと泣き言を言っていた癖に、額に置いたタオルを落とす勢いでガバリと起き上がると「…あ…!も、もしかしてカクもベファーナ探しする予定だった…?!」と焦りと不安さを混ぜながら、声の音量調整も出来ずに問いかけた。
ちなみにベファーナというのは、このグアンハオに伝わる魔女のことで、毎年クリスマスの夜に現れては、この一年で良い子だった子供には素敵なプレゼントを、悪い子だった子供には炭を置いていくと言われている。――のだが、グアンハオにいる子供たちの中でも幼い子供たちは、毎年ベファーナの姿を一目見たいと、クリスマスにはベファーナ探しをしているのだ。

「……なんでそうなるんじゃ…。毎年言っておるが、わしゃベファーナに興味ないわい。」
「去年もその前もベファーナ探ししたのに?」
「あれはお前が探すと言ってきかんからじゃ。…安心せい、今日はこのままアネの看病じゃ。」

というか、毎年毎年、ベファーナを探しにいこう!!とせがんできたのはお前じゃろうに。
色々思うところはあったが、とりあえず手元に落ちたタオルを拾ってから、どうどうとなだめるように彼女の肩を掴んでもう一度寝かせて、ついでにタオルを乗せてやれば、金色の瞳が此方を見上げてまたへにゃへにゃと笑った。

「…へへ、…、嬉しいねぇ。」

時刻は二十二時。普段であればとっくに消灯時間は過ぎて、部屋の違うわしらは離れている時間だ。だからこそ、こうやって一緒にいれるのは、もしかしたらアネッタにとっては非日常で、特別なのかもしれない。いや、勿論これは憶測なのだが、そうであってほしいと願ってしまうのは、彼女に抱いた感情が答えなわけで。
わしはそれを悟られぬよう、ポケットに忍ばせていたものを取り出すと、彼女の意識がそちらに向かうように差し出した。

「……あぁ、そうじゃ。ほれ。」
「ん?なあに、これ。」
「今日はクリスマスじゃろう。じゃから、プレゼントじゃ。」
「!え、あ、…あり、がとう…!!」

アネッタの瞳がきらきらと輝く。
アネッタはグアンハオいち素直だ。日頃から感情を表に出すなと教わっている癖に、アネッタは感情を表に出してしまう。だからよく怒られているし、よく泣いている。しかし、だからこそ、今のように頬を緩めて幸せそうに笑むアネを見ると、気恥ずかしくなってしまうし、わしもまた感情が隠せなくなってしまうのだ。

「ん、あ、まぁ、……っベ、ファーナからのものじゃから、……その、わしにお礼を言われてものう」

だから、わしが零した言い訳はいつもよりもへたくそで、鈍感なアネッタでさえ、それがベファーナからのものではないと気付いたようだ。アネッタはくすくすと肩を揺らしながら、「そっか」と笑っていた。

「…ねー、カク。これきれいだねぇ…。宝石みたい。」

光に翳すように持ち上げたそれは、アネッタの手首に合わせて作られたブレスレットだ。といってもそれは華美なジュエリー品ではなく、何本かの糸を使って編んだだけの、なんともまぁ子供らしいミサンガなのだが。

ミサンガの中央には、シーグラスと呼ばれるガラス片を削ってつやつやの宝石に見立てたものが編み込まれ、室内の灯りを受けたそれはきらきらと光りを放つ。ただ、宝石に見立てたといっても所詮は八歳の子供が作った代物だ。それが偽物だなんて分かり切っているだろうに、アネッタはにこにこと、それを眠るまで大事そうに握りしめていた。

「なんじゃ、まーたそれを見ておるのか。」

擦り切れたミサンガが、これ以上崩れる事が無いようにと閉じ込めた小瓶の中で、あの日と変わらない緑色の宝石が、灯りを受けて輝きを放つ。
何年たっても見飽きる事のないそれを眺めるのは、ちょっとした私の癒しタイムなのだが、あの日から随分と大きく育った全身白ずくめの男にとっては面白くないらしい。

どこか呆れを滲ませるカクに向けて、「んふふ、いいでしょう。羨ましい?」と茶目っ気たっぷりに笑ってやると、カクは「羨ましくないのう。」と鼻で笑い返してきた。全く、あの日の可愛らしい彼は何処に行ったんだか。

「あ、悪いんだぁ。私の宝物にケチつけないでもらえますぅ?」
「そんなぼろきれが?」
「そ。私の大事な大事な、ベファーナから貰った宝物だからね。」
「……」

そう言った途端、カクの薄い唇が、ぐっと糸を引くようにへの字に噤む。
それこそ、何か心当たりがあるような。

「…あ、そうそう。この石の部分さぁ、結婚指輪で使えたりしないかなぁ。…結構可愛くなると思うんだけど」
「……」
「どう思う?」
「……勘弁してくれ。」
「あらあら、まぁまぁ。私のベファーナは恥ずかしがり屋ねぇ。」

彼が成長したように私もまた同じだけ成長をしたのだ。だから、あの日純粋だった私はどこにもおらず、見上げた彼が珍しくも赤い顔をしていれば、多少手を出したくなる程度には、悪い子になっていて、つい腕を引いてキスをしてしまったが、これもクリスマスマジックということで、一つ。本物のベファーナには内緒にしてもらいたい。