「うわぁ…失敗してる………!」
早朝六時半の衝撃は、なんとも目が覚めるものであった。
昨夜仕込んで、楽しみに待っていた芋羊羹が失敗していたのだ。レシピには茹でたサツマイモを丁寧に裏ごしして、粉寒天と水、それから砂糖を溶かしたものに混ぜ込むだけと書いてあったのに、まさか固まっていないだなんて。
芋羊羹というよりも、芋餡の状態になったそれ。味は悪くないとは思うが、芋餡なんて扱ったこともないしどうしよう。よりにもよって大きな型に入れて作っていたので芋餡の行方にどんよりとしていると、「どうした」という低い声が後ろから掛かった。
「あ…ブルーノ……おはよ」
「……それは?」
銀色で長方形の型を見て呟いたのは、ブルーノであった。彼は戸棚から取り出した珈琲豆をコーヒーミルの上部に入れて、レバーを回しながらゴリゴリと豆を挽く。その中で「実は芋羊羹を作ったんだけど失敗しちゃって……」という話を聞けば、手を動かしたまま視線だけを型に向けて、中にあるお世辞にも羊羹には見えないそれを見た。
「量が多いな」
「みんなで食べようと思って……こんなにどうしよう…」
初めて作るものを何故こんなに大量生産したのか。
というか、大量生産したからうまく固まらなかったのでは。
言いたいことは沢山あれど、それを失敗作と言って使わないのも勿体ない。ゴリゴリと、ゴリゴリと。レバーを回す傍らで思案は続き、レバーで豆を挽く手ごたえが無くなると、彼はその下にある小さな引き出しから粉になった豆を取り、コーヒーカップに被せたフィルターの上に粉を入れて手を止めた。
「アネッタ、お前は湯を頼む」
「え、あ、うん」
「それは、おれがやろう」
「?うん」
ひとまずはブルーノがどうにかしてくれるらしい。相手がジャブラや料理の出来ないルッチだったら少し怖いが、まぁ、ブルーノであれば大丈夫だろう。アネッタは大量の芋餡が残った型を託して、ドリップケトルと呼ばれる注ぎ口が細くなったヤカンを取り出して、中に水を入れて火にかける。
その間、ブルーノは冷蔵庫から六枚切りで少し分厚い山型食パンを取り出して、それをトースターに。あとは冷蔵庫や食器棚にある必要なものを取り出して、ぐらぐらことことと立ち始めたドリップケトルの沸騰音を耳に、上にぴょこんと飛び出して焼けた食パンを手に取った。そこからはバターを塗り、その上にさらに芋餡を塗るようにして広げてやり、出来上がったものを二枚の皿へと一枚ずつ乗せると「出来たぞ」と呟いた。
「わあ……失敗作が朝から豪華な朝食に……」
丁度良いタイミングで湯が沸騰したようだ。アネッタはしゅんしゅんと湯気を吐き出すドリップケトルを見て火を止めて、ブルーノが用意したコーヒーカップへとそろそろと注ぐ。立ち上がる湯気と共に溢れるコーヒーの香りは、朝の匂いだ。
「こっちも出来たよ」
「……お前はいいのか」
「私は牛乳にする!まだ身長を伸ばしたいので!」
「成長期はもう止まっている頃合いじゃないか」
「っ意地悪!」
なんて意地悪な男だ。アネッタはドリップケトルを置いて、後のことはブルーノに託す。それから自分は可愛い花柄のマグカップに冷えた牛乳を注いで着席すると、両手を合わせていただきますと呟いた。
時刻は六時五十五分。窓から差し込む陽射しが暖かく、遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。ふわりと香るコーヒーの香ばしい匂いに、焼き立てのパンの匂い。なんだか匂いと雰囲気だけで穏やかで、アネッタは早速パンを持ち上げると、ざふと勢いよく齧り付いて、口の中に広がる芋の優しい甘味に頬を緩めた。
「わは、美味しい‼」
「そうか」
「甘いだけじゃなくてバターのしょっぱさも最高だねぇ」
「あぁ」
「しかもこれだったら結構消費できるかも」
「小さいホットケーキを二枚焼いて、その間に餡を挟めばどら焼きにもなる」
「天才だ……。……よし、今日のおやつはそれにしよう」
ブルーノは、アネッタ相手にあまりお喋りではない。しかしアネッタはそれを物ともせずに一人ぴーちくぱーちくと語ると、また頬を緩めてお礼を零すが、ブルーノからすれば朝から純度百パーセントの感謝を当てられているのだ。全く朝から元気なものだとひとりコーヒーを啜り、自分もトーストを齧ると、アネッタの一人語りを耳にゆるやかな朝食のひと時を楽しんだ。