寒い日にはくっついて

 船旅はいつだって退屈だけれど、寒冷地での船旅というのは、いつもより退屈さが増すように思う。
 暇つぶしがてら甲板に出てみたはいいものの、ごうごうと風が吹き抜ける甲板は、長く居座り続けられるような状態ではなく、氷点下の気温も相まって、すぐに体温が奪われてしまった私は、逃げ帰るように自室――ではなく、カクの部屋の扉を開いた。

「うひー…寒かったー!」
「なんじゃ、姿が見えんと思ったらまた外に行っておったのか?」

 一人掛けのソファに座る彼は、読んでいた本をぱたんと閉じて「よく飽きんのー。」と何処か呆れを滲ませながら零す。心底理解できないって顔だ。

「だーって暇なんだもん。カクも読書ばっかりで構ってくれないし。」

 構ってくれたら外に行かなかったと思うが、彼は港を発つ前に購入した小難しい本にお熱だ。しかも手元にある本のタイトルには数字が書かれており、ちらりと近くにあるテーブルを見ると、まだ袋に入ったままの小説が積みあがっている。

「あと何冊あるの?」
「うん?あぁ、あと五冊かのう」

 この分厚い本があと五冊も?
 それまで私とは遊んでくれないってこと?

 そりゃあもう成人しているし一人遊びだって出来るけれど、それがやけにもやもやとしてしまって、わたしは芯まで冷え切った掌で彼の顔を包み込むように触ると、カクが体をびくりと飛び跳ねさせた。「つ……っめた!」そんな悲鳴じみた言葉つきで。

「あはは、悪戯成功~」

 想像よりも良い反応をしてくれたので、私はけらけらと笑いながら彼の頬をもちもちと触ると、カクが此方を睨む。けれど冷たい眼差しとは裏腹に、彼は子供体温かと思うぐらい暖かくて、じわじわと伝わる熱に「あったかーい」と思わず頬が緩んだ。

「わしゃカイロか」
「うーん、カクカイロ…いいかも。」
「全く、恋人をカイロとは酷い女じゃのう」
「カクが構ってくれないからでしょ。はー……あったか。」

暫くは彼の頬をもちもちと触っていたが、意外にも手を払いのけることはなかったので、そのまま彼の膝の上によいせと座ると「重い」とクレームが零れ落ちる。しかし文句を言いながらも、なんだかんだ足を開いて、間に入れてくれるあたりカクは私に甘いと思う。ちゃっかりと肩に顔を埋めてスウーと深呼吸してるし。

「へへ、あったかいねぇ」
「そりゃあカイロ冥利に尽きるのう」
「ごめんて」

 カクは暖かかった
 心臓の音なんて聞こえはしなかったけど、その代わりに、全身暖かくて、先ほどまであったモヤモヤもその暖かさがじわりと溶かしてしまう。私もなんだかんだ彼には甘いし、弱いのだ。

「ん、というか……ピアス外しておらんのか。」
「え?」
「金属が冷えたせいで、しもやけになりかけとるぞ」
「うっそ、寒すぎて気付かなかった」

 そういえば寒冷地ではピアスを外せと、ジャブラが言っていたような。いやはや、すっかり忘れていたのだが、寒さで痛覚が鈍くなっていたのか、全く気付かなかった。

「ほれ、痛くないのか。」

 確かめるよう、カクが私の耳朶を指で挟んでピアス周りをスリスリと撫でる。確かに指先が触れると、激痛というほどではないがチリチリと擦れるような痛みが走り、彼が目覚めさせた痛みは、じわじわと響く。たまらず「ぅ、あ……っちょ、カク、やめて」と彼の膝を叩いたが、カクは「うん?」と惚けたような言葉を返すだけで、耳をすりすりと指先で撫で続けている。

「…っぅ……、…痛、いから……やめて、ってば。」
「CP9がこれくらいの痛みで根を上げるとは情けないのう」
「痛いものは痛いの。それにいま仕事中じゃな、いでしょ」

 私は、はっきりと零す。それから「というか楽しんでない?」そんな言葉を付け足して。
 確かに先で説明したとおり、しもやけは激痛ではない。しかし彼がそれを痛みを煽るよう、傷に塩を揉み込むようにしもやけ部分を指で擦ったり、挟んだりを繰り返せば、痛みは延々と継続するわけで、ぞわぞわと鳥肌が立つような感覚が腕や背中を走る。
 いい加減やめてもらいたくて、「カク、怒るわよ」と少しばかりマジトーンで零すと、一瞬で手が離れる。やっぱり反応を見て遊んでいたんじゃないか。

「……わははっすまんのう、…冗談はさておき、ピアスは取っておいたほうがよさそうじゃな」
「うーん、でも取ったら失くしそうで……」
「わしが預かっておくか?〇〇が持っておくより幾分か安心じゃろ」
「一言余計じゃない……?」
「わははっ、本当のことを言ったまでだが……まぁ失くしたらまた買えばいいだけの話じゃろう。」
「ええ?いやぁ、それはちょっと。……これ、カクがくれたものでしょ。出来る限り大事にしたいよ。」

 特別大したことを言ったわけではないはずなのに、カクはふっと息を漏らすように優しく微笑んで「そうか」と言うので、私は妙にくすぐったくなってしまって「な、にか飲みにいこうかな」と立ちあがろうとしたけれど「自分から此処にきたんじゃろうが」といって彼は離してはくれなかった。

 ああもう、愉しそうなんだから。