竜人族の遺産であるアネッタを初めて目にしたのは、約二十年前の事。種族を伏せて保護をする上で、幹部には周知したい。その一言で集められた幹部一行は、研究所から連れてこられた少女を見たが尻尾と角が生えただけの子供にしか見えない。
「おじさんのところすわっていーですか」
いや、まぁ、よりにもよって幹部の中でも愛想のないサカズキ中将を選ぶあたり肝が据わっているかもしれない。それも聞くだけ聞いて、回答を得る前に胡坐をかいているサカズキの足をよじ登って合間に腰を落ち着けた少女は、パタパタと足を揺らす。それを見て子供好きのセンゴクやおつるは海軍おかきで餌付けしていたが、彼女はそのままサカズキの上を座る場所として制定したらしい。
彼女はそのまま差し出されたおかきを口の中でカラコロと転がした後、それは砕いて食べるものだと言われていた。
「……うん?お嬢ちゃん、この足の怪我はどうした」
パタパタと機嫌よく揺れる足を見て、サカズキの隣に座るテンセイが尋ねる。彼の大きな手が足を下から支えてやると、その小さな足や、栄養の行き届いていない極端な細さがよく目立つ。加えてその足首にある青痣となにか鋭い線状の痣は、偶然で来たというには奇妙でおかきをカリコリと齧る少女は、それが当然である事のように言った。
「アネがぐずだからおこられちゃったの」
「……愚図?」
少女の年齢は先の説明で五歳だと聞いている。……しかし、五歳が使うには随分と物騒な言葉ではないか。その瞬間、この場にいる全員の表情が険しくなり、彼女を連れてきた研究員は青ざめた顔を向ける。「ちょっと、訳を聞かせてもらおうかねぇ」おつるが言い、センゴクと共に立ちあがる。研究員は「これには訳が」と言って「だから、その事情とやらを別室で聞かせてもらうといってるじゃないか」と一蹴されていたが、まぁ、当然の事だ。
ひとり取り残されたアネッタは訳の分からぬ様子でついていこうとしていたが、サカズキの腕が小柄な彼女の腹に回ってポツリと言う。
「此処におりんさい」
見上げた顔が不思議そうに瞬いて、口元に差し出されたオカキをぱくんと食べる。相変わらず少女は扉の方を気にしていたが、続いてテンセイが尋ねる。その手は彼女の足を触れたままで、彼の親指が痛々しい痣を撫でる。
「のう嬢ちゃん、こいつは痛くないんか」
「……?いたいけど、がまんしなさいって。もっともっとつよくならないといけないから、がまんしないとだめなんだって」
ないちゃだめなんだよ。ないたらおこられるの。
カリコリとお菓子を食べていたアネッタが、突然ひとりでに語りだす。……子供はすべからく元気に生きてほしい。そう願う者が多い幹部たちはその様子を複雑な顔で見ていたが、それが当然であると躾けられてきた彼女が理解できる筈も無い。長い睫毛が下を向いて、カリコリと音だけが響く。
テンセイは、そうかと言葉を受け止めたあと細い足首に残る痣を撫でながら言った。
「しかしなァ、痛みのねぇ傷なんてものはねェもんだ」
「……ほんとう?おじちゃんたちもみんないたかった?」
「あぁ、おれだってそれからソイツだって傷を受ければ痛みはある」
「そっかぁ……」
だから子供がそう我慢をするもんじゃない。そういうと、彼女はよく分かっていないような顔をしていたが、その一方で心配していることだけは汲みとったらしい。頬を緩めて笑い機嫌よく足を揺らしたあと、パーカーで隠れがちなサカズキの刺青を指して「アネもおじちゃんのおくびにお絵かきしたい!」と駄々を捏ね、サカズキが顔を顰めた。