二人は幼馴染

「なぁ、わしって過保護か?」

 前世では吹雪く雪山でも寒さを感じず、氷山の麓にある海もただの水着で潜っていた女が人間へと転生した。しかしながら、人外から人間への転生はどうしても身体上のギャップが大きかったのかもしれない。彼女は大病を患うことこそなかったが、少しばかり体の弱い人間だった。
 だから、毎日の体温計測を義務づけていることも、行動計画の報告を義務づけていることも、それから小言のように注意をする事だって心配しての行動だったのだが……世間一般からすれば過保護すぎるらしい。

「カクって、アネッタさんに対して過保護すぎないか?」

 きのう学校でサボから言われたことを反芻しながら、コンビニで買ってきたプリンを掬って病人の口元へと運ぶ。それを口にいれるアネッタはスプーンを食んだまま瞬きを繰り返したが、答えもせずに尋ねる。

「気になるの?」

 不思議そうな顔。
 また一口分のプリンを掬って、あーんをしながら答えた。

「そりゃあ、まぁ、それなりに気になるかのう……」
「ふうん」
「なんじゃその反応は」
「いや、だってあーんしながら過保護か?って聞くから」
「……、……」

 途端に恥ずかしくなって、顔に熱が集まる。そうか、普通はあーんなんてしないのか。子供のころからあーんして!と煩かったからついつい慣習化してしまった。ひとまず掬ったプリンを口に運んでから残りを渡すと、彼女はひとりプリンを食しながら、冷えピタの張った頭を揺らして見つめた。

「……別に、過保護とか過保護じゃないとか、私が嫌がってなければ別にいいんじゃない?」
「嫌じゃないんか?」
「あはは、嫌っていったら何か変わるの?」
「それは」

 思わず言葉が詰まった。
 彼女が拒絶を示した時、自分はそれを許す事が出来るだろうか。……当然ながら嫌われたくはない。しかし、人間として生まれ変わり、ちょっとしたことで死んでしまう可能性のあるまま放任できる筈もない。その考えを彼女が見透かす事は出来ない筈。けれどもアネッタは肩を揺らして小さく笑うと、少しだけ悪戯っぽく笑った。

「……どうしてそんなに私のことを心配してくれるのかは分からないけど、カクの心配とか不安がなくなるのなら別に無くさなくてもいいよ」

 まぁ、彼氏が出来たらそうもいかなくなるというか、どうなるんだろうとは思うけどね。言いながら、アネッタが最後の一口を食べて空の容器にスプーンを入れて、サイドテーブルへと預ける。美味しかったぁと機嫌の良い彼女はお喋りもそこそこに体を倒して大人しくしていたが、とつぜん会話が無くなったことが不思議でならないようだ。昔と変わらない金色の瞳が顔を覗き込む。

「……彼氏?」
「え、あ、うん。そりゃあいつかは彼氏くらい出来るでしょ?」
「……そりゃあ、……そうかもしれんが……」

 うまく言葉が出ない。いや、というかそもそも何故その候補にわしが居ないのだろう。誰よりも、何よりも彼女から近い筈なのに。
 その感情が先に出た形でアネッタの手を掴む。その手は風呂上りのように熱く、見上げる瞳が和らぐがそこに恋愛感情の色が見えない。……それが、不快で仕方が無い。こんなにも尽くしているのに、彼女はなぜ自分を意識してくれないのだろう。前世から、お前のことを一つだけ追い求めてきたというのに。

「……わしは?」

 だから此処で尋ねたのは、ちょっとしたアピールのつもりだったと思う。けれど彼女は瞬いた後にクスクスと笑うだけで、掴んだ手を握り返して小さく零した。

「カクは私のこと、ちゃんと女の子として見れる?」

 妹じゃないんだよ。ひとりの女の子としてだよ。
 恋人になればこうやって触れ合うだけではないと、そういうことを言いたいのだろう。向けた眼差しは先ほどとは異なり、答えを求めている。……しかし、先のとおり自分は前世から彼女を一筋に求めてきたのだ。愚問過ぎる問題だと、身を寄せて驚き強張る彼女の口端へと口付けた。

「……便宜上お前のことは妹じゃと言っておるが、昔から女としか見とらんぞ」
「へ……」

 口付けたから赤いのか、熱だから熱いのかは分からない。けれども掴んだままの手がドクドクと早くなる脈を捉えて満足げに笑むと、汗ばんだ彼女の額を拭い、足元にある毛布を引き上げてやった。

「…………鈍感じゃの。さ、もう寝たほうがええ。顔が赤いぞ」
「……熱あがりそう……」
「わはは、わしに移すか?お前とならキスも出来るぞ」
「け、けっこうです」

 ……なる程。彼女は妹扱いされていると思って、選択肢にわしがいなかったのか。そうと分かれば今後の対応は見えてくる。うんと甘やかして、今のようにうんとアピールをしてやろう。真っ赤な顔で顔を隠すよう毛布を引き上げる彼女に笑うと、毛布の中では牛のような鳴き声が聞こえる。多分、自分の感情がよく分からないのだ。
 それを聞いて毛布を捲り悪戯に身を寄せようとすると彼女は真っ赤な顔できゃあきゃあ言っていたが、そういえばいまは高熱中。幾ばくもなくブツンと糸が切れたように彼女は意識を失くして、騒ぎを聞きつけたジャブラから入室禁止令を出されてしまった。