真っ白な掌上を、ころりとしたおむすびが躍るように転がる。
クマドリの手は大きくて、握ったおむすびは私が握ったものよりもずっと大きいのに、竹皮の上に置かれた完成品は、職人が作ったのではと思うほど、綺麗な三角形をしていた。
「クマドリのおむすび、上手~………」
なのに、私が作ったおむすびといったら、三角形というよりも丸だ。つんと尖がった部分なんてまるでなくて、まあるい形をしたそれを竹皮に置くと、ころんと傾いてしまう。クマドリが握ったおむすびの隣に置くと、その仕上がりの差は歴然で、私は思わずため息を落とした。
手の形なんて、サイズ感以外は同じな筈なのに、どうしてこんなにも違いが出るのだろう。
もしかして、クマドリの手は三角形を作るのに適している?
そんな馬鹿なことを考えて、クマドリの手を凝視していると、クマドリは視線に気づいたのだろう。私の作った不格好なおむすびを見て「よよい!初めてにしちゃァ上手くできてるンじゃあねェ~かァ~?」とにこにこと笑いながら言った。
いやいや、何をそんな見え透いたお世辞を。
そう思ったけれど、クマドリはにこにこと笑っていた。多分、本心なのだと思う。
それが妙にこそばゆくて、誤魔化すように視線を外した私は「でもクマドリみたいに綺麗な形じゃないよ?」と言いながらまあるいおむすびを見た。
「いいかァ、アネッタ」
「ん?」
「ア・握り飯ってェのは何も三角形だけじゃあねェ、三角だろうが四角だろうが丸だろうが、米を握ればぜェんぶ握り飯だァ~~~よよい!」
なるほど、確かに一理あるかもしれない。
「んふ、…クマドリは優しいねぇ」
「それにアネッタは見てくれを気にしているようだがよォ、これはこれで、あ、食いでがあって美味そうじゃあねえ~~かァ~~!」
「そ、そう?」
「あぁ…しっかし、わからねェなァ~~。急に握り飯を作りてェとは一体全体どういう風の吹き回しだァ?」
クマドリが頭を捻る。
だが、クマドリが疑問に思うのは、当たり前だ。なんせ司法の塔には大きな食堂がある。食堂は、毎朝五時から夜は二十三時まで。それに、安くて早くてうまい。だから、司法の塔にいる間であれば、自分で作る必要なんてないし、何か食べたいものがあるのなら食堂にいって、シェフにお願いをすれば好きなだけ、それこそお腹いっぱいになるまで食べられるようになっている。
だからこそ不思議なのだろう。
食堂で頼むわけでもなく、「おむすびを作りたいから教えてほしい」と言ったことが。
「へ?あー……んん、……」
私は、言葉を濁らせながら、ちゃぷんと氷水を張ったボウルに手を入れる。
きんと冷えた水は当たり前だけど冷たくて、十秒ほどで手を引き上げた私は、傍らにおいた布巾で雫を拭きとってから小皿に盛った塩を掬う。手のひらに広げて、化粧をしたように粒を纏うと、クマドリがしゃもじで掬ったお米をポンと手のひらに乗せてくれたので、あつあつのそれを冷めないうちに握るのだが、クマドリはやっぱり不思議そうな顔をしていた。
「……なんでェ、どうしたってんだァ~~?」
「…いやー……ええと」
「……うん?」
「…あのさぁ……クマドリ。……おむすびって愛情なの?」
問いかけは随分と情けない、よわよわとした声色だったと思う。
だからなのか、それとも漠然とした問いかけ過ぎたのか、クマドリは益々わけわからんって顔で「うん?どういうこって」と聞き返す。
「なんか、その、………風の噂で聞いた…というか……何が愛情なのかなって………。」
そう、別に大した理由ではないのだ。
ただ、「おむすびは愛情っていいますよね」という言葉を聞いて、おむすびの一体どこが愛情なのだと気になったから作った。ただそれだけなのに、口に出した言葉はあまりにも子供じみていた。
それがなんだか無性に恥ずかしくなってしまって、じわーっと湯たんぽを抱いたように内側から熱くなった私は、「いや、ごめん、なんでもないの。忘れて。」と早口で零したのだが、隣でポンッと手のひらに大きく掬った米を乗せたクマドリは、米を躍らせるように握りながら、「愛情ねぇ」と繰り返す。
「あ、う、…い、いいの、クマドリ、ほんと…あの、忘れていいよ」
「なんでェ、気になるんじゃあねェ~のかァ~~?」
「いや、そうなんだけどさぁ……」
「?、…ン、まァ、あれだなァ。握り飯ってェのは、昔からおっかさんの愛情の証だなんだァ言いはするなァ」
「…お母さん?」
「あぁ、おいらもォ詳しいこたァ知ら~ねェ~~~がァ~~、ただ、そう言われる由縁とォなったのは、あぁ~~~おむすびには“愛情を一緒に結ぶ”っつう~意味があることからでなァ~。あ・おっかさんかどうかは兎もォ角ゥ、確かに、こうして、誰かのために時間を削って作るなんてェ、愛情しかり何らかの感情がなきゃァ、できねェんじゃァねぇかァ~~?よよいっ!」
誰かのために時間を削って握る。
確かに、これが愛でなければ何というのだろう。
「愛情を一緒に結ぶ……」
口に出して視線を落とした先には、不格好なまぁるいおにぎりが出来ている。
このおにぎりにも、愛情というものが入っているのだろうか。
「きっとカクも喜んでくれるとォ、思うが、なァ~?」
「へ?!」
私は、びっくりするぐらいに私は声を上げた。そりゃあもうとんでもない大声だったと思う。クマドリもしぱしぱと目を瞬かせて「うん?カクに作ってるのかと思ったがァ、違うの~かァ~?」と尋ねてきた。
「カ……ッ、」
「?」
「……ッ、……ッッいや、あの、……違わない、けど………」
クマドリには、ただ、おむすび作りを手伝って欲しいと言ったはずなのに、どこでバレてしまったのだろう。そう思うと同時に、やけにクマドリが機嫌よくにこにことしていた理由も分かってしまって、私は恥ずかしさに熱を上げながら、勢いあまって強く握ったことにより、先ほど握ったおにぎりよりも小さく圧縮されたおにぎりを竹皮の上に置いた。
そうして三つ分のおにぎりが出た頃、「クマドリ、そろそろ行くぞ。」とカクがクマドリを迎えにやってきた。
カクは二人で一体何をしているんだ?と調理室の入口で不思議そうな顔をしていたが、余程時間が押しているらしい。此方に入って来る事なく「はようせんと、またルッチにドヤされるぞ」と声を掛けてくるので、私はクマドリに向けて「クマドリ。後片付けはやっておくから、いってきて」と言うと、クマドリは「ア、すま~ねぇ~なぁ~」と申し訳なさそうに零す。
「いえいえ。こちらこそ、出発前の忙しい時にごめんねぇ」
「よよい!あ、おいらはァ、てめぇの昼飯を作っただけのことよォ」
「あははっ、いい男だなぁ」
「よせやい、照れらァ。そんなことより、カクに渡さなくていいの~かァ~?」
「え、あー………、……うん、大丈夫。渡すのはもうちょっと上手くなったらにしようかな」
「……、……、……そうか、ンじゃまァ、行ってくらァ。あ、後の事は任~せ~たァ~~~」
そういってクマドリは、竹皮で包んで竹皮紐で結んだおむすびを持つと、「あいや、待たせた~なァ~」と迎えにきたカクの方へと行って、会話もそこそこに任務へと向かっていった。
ああ、怖気づいてしまった。
そもそも約束してもいないのに弁当を渡すことも。出来上がった不格好なおむすびも。
いや、私は恥ずかしかったのかもしれない。愛情を結ぶなんて言葉が、自分の中になかったそれを気付かせるから。
まぁでも幸いなことに、このおむすびは食べ物だ。カクにあげなかったところで、私のお昼ごはんにはできるはずで、開いた竹皮の両面を持っておむすびが乾かないように重ねて、ついでに竹皮の紐でくるりと結んでいると、
「アネッタ」
そんな声が降ってきた。
驚いた私は振り返りながら視線を上に向けると、そこには先ほど任務に行ったはずのカクが立っていた。
私は驚いて、問いかける。
「え…あ、カク?どうしたの、忘れ物?」
「ん、あぁ、忘れ物というか、弁当を貰いにのう」
「え?」
「クマドリから聞いたぞ。わしのために弁当を作ってくれたんじゃろう?」
「え、あ、……」
ちらりと調理室の入り口見ると、入口から顔を覗かせるクマドリと目があった。にかりと笑うそれはやけに心強くて、私は慌てて竹皮で包んだばかりのそれをカクに差し出しながら「あの、へたくそだけど……多分お腹は膨れると思うので」というと、カクは存外嬉しそうに目元を和らげながら「ん、ありがとう。昼飯が楽しみじゃのう」と受け取ってくれた。
「…よし、じゃあ弁当も受け取ったことだし、そろそろ行くとするかのう。」
「あ、うん。…カク、いってらっしゃい」
「……」
「…カク?」
「…わはは、……いや、なに、弁当に見送り、それだけなのに妙に嬉しいと思ってのう。…よし、土産も買ってきてやるから、アネッタもいい子にしとくんじゃぞ。」
そういって、私よりもずっと大きな手のひらは、頭をぐしゃぐしゃと少し乱暴に撫でるとカクは子供のころと変わらない、屈託のない笑みを向けると、そのまま「行ってくる!」といって駆けていった。
時折、彼を見ると心臓がぎゅうっと苦しくなる。今までは自分のことなのに、いったいどういう気持ちなのかよく分からなかったけれど、それが何なのか、今日ようやく分かってしまった気がする。私は、髪をぼさぼさにしたままその場にずるずると座り込んで「私……カクの事好きだったんだ……」と力なく呟いたけれど、その言葉は誰にも拾われずに、消えてしまうのだった。