夜の帳が降りたグアンハオは、緑に囲まれ、文明の利器が並ぶ都から離れているせいなのか、灯りもなく、恐ろしく静まり返っている。背の高い石造りの塔の中腹あたり、ぽっかりと穴が空いているだけのような窓から雨除けの屋根へと出ると、海を覗く方へと手に持ったカンテラを掲げた。
「……やっぱり此処にいた」
私の想像は当たっていた。カンテラの柔らかい灯りが示す先にぼう、と浮き上がる人影に私は息を吐く。
「…なんじゃ」
人影の主は機嫌が悪いようで、声がやたらと低い。普段はにこにこと無害そうな顔をしている癖に、機嫌が悪くなると口数が減るのは昔から変わらない。それもまた想像通りであるため、特に気にも留めずに隣に腰を下ろすと、彼もといカクは特に何もいうことなく、視線を外して遠くを見つめた。
「今日はやけに機嫌が悪かったでしょ?だからなんとなく居るかなと思って。……カクは昔からハイパー嫌なことがあると此処に来るでしょ?」
言いながら右手に持ったカンテラを、私とカクの間に置くと、左手に持った熱々のホットミルクが入ったマグカップを差し出した。
そう、これは古くからの習慣だ。幼い頃からグアンハオで修行を積む私たちは、お互いに嫌なことがあるとこうしてこの海を覗く屋根へとやってくる。その度に探す側がホットミルクが入ったマグカップを持っていくのだが、小さいうちは雨を落とすために斜面になっている足場に滑ったりして、よく溢したりしていたっけ。
そう思い出しているうちに小さく笑いが溢れていたようで、カクは差し出されたマグカップを受け取りながらも訝しげに私を見つめた。
「何を笑っとるんじゃ」
「ふふ、上手にホットミルクを運べるようになったなぁって」
「…あぁ、確かにのう。一番はじめはアネッタがマグカップごと落としとったな」
カクは私の言葉に目を丸くしたが、すぐに意味がわかったようで、ふは、と息を漏らすように笑った。
「あはは。しかもあれジャブラのマグカップだったから、後でめちゃくちゃ怒られたのよね」
「びーびー泣いておったのう」
「う…だってあの時のジャブラ怖かったんだもん。…でも、あのあとカクが一緒に探してくれたんだよねぇ」
瞼を閉じて、あの眩しいほどの懐かしい記憶を巡らせながら隣にいるカクにぽすんともたれ掛かってみる。カクは普段より機嫌が悪いようだったが、やっぱり何もいうことなかったし、嫌がるような素振りを見せずに「懐かしいのう」と呟きながらホットミルクを一口啜るだけだった。
「…カクもたまには私に頼りなね」
「びーびー泣いとったおぬしにか?」
「そ、私はカクのお姉ちゃんみたいなものだからね」
「お姉ちゃん〜?どちらかというとアネッタは妹じゃろう」
「何を〜?カクよりも早く生まれたんだから私の方が姉ですー」
「は、2日しか変わらんじゃろう。それに今はわしの方がタッパもあるし、道力数も上じゃ」
話していることはあまりにもくだらない話だったが、話しているうちにカクは時折肩を揺らして笑っていた。
「…明日は晴れるかのう」
「…そうねぇ、きっと晴れるんじゃない?」
ふわりと香る甘いミルクの香りも、カクからじんわりと伝わる体温も心地が良くて、満天の星空を眺めながら、こうした何気ない彼との時間がなくならないことを静かに祈るのだった。