二人の潜入捜査

カジノの客層は平均四十代後半と言われる中でひときわ目立っていたのは、カジノの王様・バカラの台で、カジノチップを山のように積み立てる若いカップルであった。
おそらく年齢は二十代前半。服自体は多少質の良いものを着ているようだが、履いている靴の傷などを見るに貴族ではなさそうだし、バカラを初めて間もない一般人だろう。
若いカップルは横並びに並んで、男側が女の方に椅子を近付けながら、自分たち側に寄せられたチップを嬉しそうに重ねては声を弾ませた。

「すごいぞ、またわしらの勝ちじゃあ!もうこんなにチップがあるぞ!」
「ふふ、カクの引きがいいんじゃないの~?」
「いやいや、何を言う!おぬしが来てからというものの負け知らずで、まさに幸運の女神じゃ!」
「もう、言い過ぎだって」
「いや、まぁ、謙遜も可愛らしいがのぅ」

男と女は周りの目を気にすることなく、むしろ二人の世界という感じで、男は女の腰を抱いて目尻や耳元へ触れるだけのキスを贈り、女はそれに気恥ずかしそうに頬を染めている。それがまた負けによりチップを奪われていった敗者たちを煽っているのだが、なんせ二人の世界だ。そんな視線も恨み辛みなんて届いちゃいないのだろう。

「ねぇ、でもそろそろやめる?せっかく勝っているんだから負ける前に換金しちゃいましょうよ」
「うーむ…」
「これだけあったら私たちの家だって建てられるしカクの夢だったお店だって開けるじゃない!」

比較的女の方は現実的なようだが、バカラの台に置かれたワイングラスを手に取った男は、恰幅の良い黒髪のウェイターを引き留め白ワインを注いでもらうと、ゆらりとワイングラスを揺らしながら敗者を眺めて薄く笑う。なーんだバカラなんて簡単なんだと自惚れているのだろう。

「そうじゃのう、もうチップが残っておる者はいないようだしのう。」

さて、此処でカジノの怖さを教えてやるのも良いかもしれない。夢を抱く者を喰らう者がいる。それがカジノなのだと。そしてその喰らうものがわたし、カジノキングなのだと!

「それじゃあワタクシとやりませんか?」

しかし、この一言が、終わりの始まりだと気付いたのは、およそ1000万ベリー相当のチップが隣に座る若造に奪われてからのこと。

「わはは、またわしらの勝ちじゃあ!」
「すごーい!すごいよカク!まさか、あのカジノキング様に勝てるだなんて!」

あっさりと、それはもうあっさりと負けた。
負けた?
カジノの王様といわれた私が?
この、小僧相手に?

「ああ、あ、あ、ありえない!!!」

きゃいきゃいと大量のチップを目の前に飛び跳ねる二人を見ながら、ワタクシは滝のように出る汗を感じながら声を荒げた。
「カジノキングさんよ可笑しな事を言うのう。ありえないことなんてない、それがギャンブルじゃろう?」
その言葉は至極当然の正論ではあった。ギャンブルは運であり、貧乏人が一夜にして富豪になることもある。だからこそ夢がある。だからこそありえないことはないのだと。しかし1000万ベリーを失った自分にはあまりにも辛い一言で、煽られているようで、ぶちぶちと血管が切れる音が頭に響いて、隣に座るあの若造の幸運の女神とやらの頸を鷲掴みして持ち上げるとバカラの台に叩きつけた。

「こ、この女が何かしてるんだろう!!」
「ぐぅ…ッ!」
「アネッタ!」

女は痛みに呻き、若造が声をあげたが知ったことか。額から血を滲ませる女を見下ろしながら、ぎりぎりと押さえつけてそのまま、私がやりました。私がイカサマをしていたのですと白状させてやるーーはずだった。
気がつくと、ワタクシはウェイターたちに取り押さえられており、顔を上げると今まで尊敬の目で見ていた常連客も、へこへことゴマを擦り頭下げていたディーラーたちも、サインを求めてきた者もワタクシをゴミのように見ていた。
ひそひそと、ひそひそと、ワタクシを蔑むような声が聞こえる。

「ち、ちがう…絶対にあの女が…あの女がイカサマを…」

ウェイターたちに取り押さえられ、カジノの裏に連行されるなか、若造が酷く冷たい目をして怪しく笑うのを見たが、抗議する間もなく重厚な扉は閉ざされた。

後ろ手に縛られて裏手の別室連れられたカジノキングは、ウェイターたちによって床へと叩きつけられた。

「な、な、なにをする!!こんな事、ウェイターごときが…ッ!カジノキングと呼ばれるワタクシに手をあげていいと思っているのーー」

痛みにうめきながら声をあげたカジノキングの言葉が止めたのは、ウェイターの顔付きが明らかにがらりと変わっていた為で。カジノキングは口をはくはくと金魚のように開閉を繰り返した後、「お前らウェイターじゃないな…?!なんだ、何者だッッ!」とウェイターたちを睨みつけ声を荒げた。

「我々は正義を背負った世界政府ーーといえば理解出来るか?」
「せ、世界政府…?!」
「…とすればお前がおれたちに何を話さねばならないか、検討がつくだろう。」
「お前たちが秘密裏に薬の取引をして莫大な利益を得ているようだが、バックには誰がいる?」

角頭のウェイターが説明をして、それに付け加えるようにネクタイを緩めながらひときわ目つきの悪いが問いかけたが、カジノキングは目を見開くばかりで答えが出ないようだった。

「……カク、お前がやるか?」

ならば力づくで尋問するのは仕方がないことで、後から遅れて入室してきたらしい男に向けてウェイターが呟く。カジノキングはその名前に心当たりがあった。視線を滑らせると、その先にいた若造をみてまた頭の血管をぶちぶちと切るような勢いで吼えた。

「ク、ク、ク、クソガキャア…!!!やっぱり計ってやがったな!」
「だったらなんだと言うんじゃ。」

かつ、かつ、と靴音が響く。距離を縮めたカクはカジノキングの胸ぐらを掴むと、遠慮もなければ慈悲もなく拳を叩き込んだ。脳が揺れるほどの衝撃と鈍痛。しかし胸ぐらをしっかりと掴まれたせいで吹き飛ぶことはなく、二発、三発と拳が叩き込まれていく。
「がっ」「うう!」「や、やめ!」次の拳が叩き込まれる間に、呻きと慈悲を乞う声が飛び出たが、欲しい言葉はそれじゃあないのだ。

「はは、可哀想になァ!コイツは今すこぶる機嫌が悪いぜ」
「あぁ、おぬしのおかげで興醒めじゃ。」

ジャブラが言って、珍しくもカクが肯定を示し、胸ぐら掴んだまま、ただ殴られるだけの男を冷たく見下ろした。その目があまりにも冷たいものだから、カジノキングはコイツらは自分を殺すのも厭わないのだと誘ったようで、やがて、カジノキングの顔面が崩れた頃、ぼたぼたと血と鼻水と涙を垂らしながら全てを話した。
「や、やめ…っっ!!わ、分かった!言うから!ワ、ワタクシの後ろについているのはっっ、海賊団だけじゃあない!栽培のために立ち上げた村の村長もだ!!なぁ、いいだろ、全部話した!!だからどうか、どうか許してくれ!」

カジノキングはもう解放されたかったのだ。
このまま殴られるのも殺されるのもごめんだ。なら此処でゲロって解放されたあとに世界政府の犬からやられたのだと後ろにいる奴らを煽っちまえばいい。
しかし、カジノキングの予想とは反して、このカクという男はあまりにも冷酷だった。

「そうか、ご協力感謝するぞ。……じゃが、わしがアネッタに手を出した男を許すと思うか?」

カクはそう静かに言うと、鞘から刀を抜き刃先をカジノキングの首先にあてがった。
そうして、カジノキングの意識は其処で途絶えたのだった。

深夜。報告も終え解散となり訪れたのは、他でもないアネッタの部屋で、二度のノックを経て扉を開けると、ベッドサイドテーブルに置かれたカンテラに灯った炎が僅かに揺れた。

「あら、予想よりも早かったわね」

広さはおよそ8畳ほど。窓を沿うようにしておかれたベッドでクッションに身を預け足を伸ばして座るアネッタは、わしの姿を見るや否や、まるで此処にやってくることを分かっているような口ぶりで言いながら、読みかけの本をぱたんと閉じた。

「そこに座ったら?」

ベッドの隣にある丸椅子を示すアネッタの額の端には、大きなガーゼが貼られている。言葉通りに歩み寄り近付くと、服から覗く白く細い首に、首根っこを掴まれた時にできたであろう痛々しい痣がカンテラの淡い光によって映し出された。
ああ、この傷はわしの油断が招いた傷だ。
なのにアネッタといえば、わしがベッドの隣にある丸椅子に腰を下ろしても責める事もなく、むしろ、わしの機嫌が悪い事を察して、まるで子供を相手にするように頭に掌を乗せては左右に滑らせるのだ。

「……カク、私は大丈夫よ。」

アネッタはやがて穏やかな口調で呟いた。

「…大丈夫じゃないじゃろう。」
「大丈夫よ。ほら、少し縫ったけど、前髪で隠せる範囲だし大したことないわよ…って、…あら、どしたの。」

途中でアネッタが少し驚いたような声色で問いかけたのは、わしが彼女の肩口に頭を預けたからだ。

「……、…たまには頼っていいんじゃろ。」
「…頼るというか甘えてるって感じじゃない?」
「うるさい。」
「理不尽ねぇ。」

やっぱりアネッタはわしを非難することはなく、くすくすと穏やかに笑うのだ。しばらく肩口に頭を預けたままだったが、くすくすと笑う声があまりに穏やかで、居心地が良くて、少し体制を変え首筋の忌々しい痣にキスを贈ると、アネッタの肩がびくりと飛び跳ねて、尋常ではない速度で耳が赤く染まっていくのが分かった。

「……っ!な、なに……」
「わはは、何でもないわい。」

そうしてどくどくと早くなるアネッタの鼓動に酷く安心しながら、彼女が逃げられないようがっちりと腰に腕を回したわしは、こりゃあいい回復方法を見つけてしまったと密かに笑うのだった。