「すまんが教科書貸してくれんか」
ことの始まりはそんな他愛もないお願いだった。数学の教科書を忘れてしもうたわしは、隣のクラスへと向かい廊下側の席に座る幼馴染に言うと、いつもは「もー、仕方ないわね」なんて言いながらも貸してくれるというのに、今日に限っては答えが違った。
「や、…やだ」
眉間に皺を寄せながら頬を赤らめる幼馴染。しかし、彼女の机の上に置かれた数学の教科書を見るに、教科書を忘れたというわけではないようだ。
「なんでじゃ?」
「な、なんでって…」
押し黙る彼女は耳まで顔を赤くするものだから、ちょっとした加虐心じみた感情を抱いたわしは、チャイムが鳴ったことをいいことに教科書を取りあげると、急ぎ足で教室へと戻るのだ。
「すまん!借りるぞ!」
「あ、ちょっと!カク!!」
「じゃあ前回の54Pの続きから行くぞー」
奴がなぜあんなに顔を赤くしていたのか。理由はすぐに分かった。
先生の指示に従いパラパラと教科書をめくっていると丁度54ページに差し掛かるところに、シャープペンシルで落書きがされているのを見つけたのだ。
描かれているものはキリン。しかし黒い帽子を被り、横に描かれた吹き出しに「キリンじゃ!」と書いているあたり、恐らくはわしをキリンに模した落書きなのだと思う。
このキリン、わしのノートにも書いてくれと言ったら怒るじゃろうか。
わしは落書きの妙に四角いキリンを見ながら、緩む口元を隠すように顎に手をついて、必死に堪え続けるのであった。