これは、とある竜人族の記録である。
「よお、色男。柄にもなく緊張してんのか」
「ジャブラ……冷やかしは受けんぞ」
「ハ!冷やかしじゃなくて本当のことだ狼牙」
「………わしの結婚式じゃぞ」
ああ、落ち着かない。普段から下から上まで真っ白な恰好をしているというのに、型の違うフロックコートのタキシードのせいか、どうにも落ち着かない気持ちでいた。いつもの癖で帽子を触ろうと手を伸ばしたが、いつもはある筈の帽子は無く、そういえば今日は帽子を被っていないのだったと整える必要のない頭を撫でる。
「緊張してんなァオイ」
それを見て、CP0の正装に身を包むジャブラが、ゆらゆらと身体を揺らしながら笑う。
確かに、認めたくはないが彼の言うとおり、柄にも無く緊張していた。なんせ、今日はわしとアネッタの結婚式だ。
参列者は元CP9メンバーだけ。それも、忙しい合間を縫って執り行う式なので、みなCP0の正装参加と特別感は無く、プロポーズの一件で見たような多くの家族や親族、友達に囲まれて祝福を受けるような結婚式とは異なっていた。しかし、それでも自分の恰好が普段と違うせいなのか、妙な緊張感が項をなぞり、じわりと蝕んでゆく。
「しっかし、お前らもようやく結婚か。長かったなァオイ。」
「あぁ……アネッタとは出会って二十年近くじゃからな。随分と長い片思いじゃったわい」
「まぁ、でも、結局はお前の依存洗脳勝ちってことか、怖えなぁ」
「いまはもう洗脳なぞしとらんわい。アネッタが、自分でわしを選んだんじゃ」
「ハ、そりゃあ何よりなこって」
ジャブラとはアネッタよりも長い付き合いだ。
結婚式で言う事かと思いはしたが、幼い頃から洗脳する様子を見ていた彼がそう思うのも無理はないのかもしれない。
「あれ、二人ともこんなところにいたの?」
その時、背後にあるドアがいきなり開いて、そんな声が聞こえてきた。
わしらは揃って振り返る。其処にはウエディングドレスを身に纏ったアネッタが立っていて、わしらを見て不思議そうな表情を浮かべている。
確か、ウエディングドレスの種類はプリンセスラインだったか。スカート部分は女性らしさを強調するチュールやレースを幾重にも重ねられ、胸から胴体にかけては細かな花をちりばめるよう、繊細な刺繍を施して華やかさを演出している。肩紐が無いデザインだからか首筋から胸元までは露わとなっているが、オーガンジーと呼ばれる半透明の薄い生地が覆い、いやらしさを半減させている。普段ポニーテールにしている緩くウェーブがかった髪は、その特性を活かして下の方で緩く結ばれており、つまるところ、――綺麗、だと思う。
目を奪われるとはこの事か。わしが見惚れて感想も言えずにいると、「おー、アネッタ!なんだ、馬子にも衣装だなァ、見間違えたぜ」とジャブラといち早く感想を言って、わしの腕を肘で打つ。
「ま、馬子にも衣装って何よぉ!」
「ぎゃはは、いいじゃねえか似合ってるってことだ狼牙!」
「ノンデリカシーすぎるって言ってんの!」
そう言って、アネッタはいつものように末っ子らしく唇を尖らせる。
暫くして、彼女の瞳が此方に向けられる。視線が絡むと彼女は子供のように笑い、「…それで?カクくんはどうよこの姿。少しは似合ってる?」と右に左にと体を捻ってドレスの裾を翻しながら感想を求めた。彼女が動くたびに軽い素材のチュールがふわふわと揺れる。
「……少しも何も、綺麗じゃよ。………似合っとる。」
アネッタへと距離を詰めて、わしは静かに零す。
しかし、彼女からしてみれば予想していた言葉とは違っていたのかもしれない。金色の瞳はしぱしぱと瞬きを繰り返した後は、熱湯を頭から被ったように顔を真っ赤にすると「へ…」と間の抜けた声を零していた。それから、長い睫毛を伏せる。すると、枝垂れ桜のように下に連なる花をつけたピアスが揺らめいたがアネッタは「きゅ、……急に真面目なこと言わないでよ……」と恥じらいを乗せて零すので、僅かな悪戯心が己を煽る。馬鹿な女だ、そんな可愛い反応を見せるだなんて。試しに彼女の手をそっと掬って、指先にキスを贈れば、目論見通り彼女は金色の瞳を揺らして動揺を見せた。
そのいつもと変わらない風景に、わしの中にある緊張がじわりと解けていく。
まぁ、ジャブラはこの光景を見て「カーッ!!やってらんねぇなぁ!」とか言っていたが。
そんな他愛のない悪戯を行った後、共に建物を出たわしらは、外に用意されたガーデニングパーティの会場へと歩く。
会場にはすでに参列者が揃っていた。CP0の白正装に身を包んだ彼らは、わしとアネッタを見るや否や、存外嬉しそうな、そんな表情を向けて笑みを向ける。それがなんだか腹を擽るようだったから、頭を掻くと「照れくさい?」と笑う声が隣から聞こえる。
ああ、くそ、これだから幼馴染というものは。
「チャパパー、二人とも似合ってるぞー」
「よよォい!晴れ舞台にピッタリのォ晴天だーなァ!お天道様もにっかり笑ってらぁ」
知ってか知らでか、賛美を重ねるフクロウとクマドリ。それがこそばゆいというのに、アネッタはそうでもないらしい。にこにこと愛らしく笑んで「ありがとう!」「だね~絶好の結婚式日和だ!」と言って、先ほどと同じようにくるりとその場で回っては「どう?可愛い?」と言って、感想を強請っていた。
この日は、雲一つない青空が広がる晴天であった。殺し屋稼業がこの青天の下結婚式を執り行うだなんて、なんとも皮肉な話で、クマドリの言うようお天道様とやらも笑ってはいるのかもしれないが、多少は背後事情を見て意地悪を仕向けたようだ。アネッタに感想を述べるクマドリとフクロウに割り込む形で、カリファが二人の体を左右に押した。
「カク、アネッタ」
彼女が割り込むだなんて珍しい。そう思い、わしらは顔を見合わせたあとに首を傾げると、カリファは「今回依頼していた牧師が事故にあったようで来られないみたい」と少しばかり声色を落しながらトラブルを伝える。その内容にアネッタがどこか不安そうな表情をわしに向けたが、流石はカリファだ。
此方が問いかける間もなく、「あぁ、でも心配しないでちょうだい。牧師役はブルーノに頼んだから」と秘書よろしく眼鏡をクイと上げながら零すので、わしらもまた「流石だなカリファ」とアイスバーグさんよろしく呟いた。
「ブルーノ、すまんのう」
牧師役を引き受けてくれたブルーノに感謝を伝えるべく、ひとり端の方で段取りを確かめている真面目な男に向けて伝えると、ブルーノは構わないと言うようにゆるりと手をあげる。
「あぁ……まぁ、牧師が来ないからといって式を取りやめるわけにもいかんだろう」
「いやぁ、確かにそうじゃが……」
「ひゅー…CP0に失敗は許されないを地で行くって恰好いいねぇ、ブルーノ!」
「……とはいえ、専門外だ。細かくは出来ないからな」
「わはは、急に頼んでおいてそこまで求めるほど鬼じゃないわい」
「へへ、ブルーノありがとう!」
そうして始まった結婚式というのは驚くほど穏やかなものだった。
専門外だなんだといっていたのに、ブルーノはわしらの前に立ち、するすると誓いの言葉を問いかける。問いかけは、幸せにすることを誓うかという、お決まりもので、答えは勿論決まっている。なのに、その言葉終わりに「幸せにしてくれるの?」とアネッタが問いかける。彼女だって答えなんて分かりきっているだろうに、悪戯が滲む金色の瞳が愛おしくて「勿論じゃ」と言葉を返すとアネッタは笑み、続く問いかけに目元を細めた。
ブルーノは幾分か穏やかな顔で「あなたは、この男性を夫とし、幸せにすることを誓いますか。」と問いかける。わしもまた、「お前も、幸せにしてくれるのか」と問いかける。
ブルーノは目の前で行われるちょっとしたやりとりに息を落していたが、今回の主役はわしらだ。諌めるようなことはせず、問いを受けたアネッタはわしの両手を取って力強く握ったかと思うと、いつものように、花を咲かせるように笑うのだ。
「勿論!私が私である限り、きっと…ううん、これからも苦労をかけることはあるだろうけど、カクのことを誰よりも大切に、幸せにすることをみんなに誓います!」
鈴を転がすような声が、言葉を弾ませながら愛を誓う。
全く、随分とカジュアルに話したものだが、彼女らしいと思うのもまた事実。わしは彼女の手を握り返すとそのまま彼女に触れるだけの、特別な誓いを唇に贈る。アネッタはやっぱり恥ずかしそうに頬を赤く染めていたが、それでも誓いの成立に幸せそうに笑むと、隣に立つブルーノにすら聞こえないほど小さな声で「好きだよ、カク」と囁いた。
誓いのキスを終え、改めて彼らの方へと向き直ると、そこでようやくみんなの反応が見えてきた。
ルッチは珍しくも穏やかな顔をしていて、ジャブラはあれだけわしらを茶化していたというのに「あ、あんなガキだった奴らが…ッ……クー…ッ!し、幸せになれよォ!!」と涙ぐんでいる。
カリファは穏やかに笑みながら「……良い式ね。」と零し、クマドリは「こんな感動的なァ~式ィ、あ、オイラァ初めて~~~だァ~~~!よよぉい!!」とおいおい泣いていたが、それにつられるように目に涙を滲ませるスパンダムを見て「チャパパ~!二人とも幸せそうだぞ~~、ああ~元長官まで感動で泣いてるぞ、チャパパ~!」とフクロウは肩を揺らして笑っていた。スパンダムは「バッッッッカ!泣いてねぇわダァホ!!目にゴミが入っちまっただけだ!!……くそ、仲良くしろよォおめぇら……」と目に涙を滲ませて強がっていたが、いつものその強がりも声が震えているのだから可笑しいやら、こそばゆいやら。
「……これからだな」
背後に立つブルーノが穏やかに言う。
「あぁ、そうじゃのう。……これからが新しいスタートじゃ」
「んふふ、そうだねぇ。ま、相変わらず竜人族として世界政府の監視は外れる事はないけどねぇ」
「仕事の役割としても、前線からは外れてしまったしのう」
「でも、きっといいことなんだよね」
「そりゃあそうじゃ。一が二になれば、なんでも倍じゃ。悪いことも、それからいい事もな」
「あははっ、カクがいたら心強いなぁ」
世界政府の名のもとに、個人的感情等を捨てた筈の人間には考えられないほど穏やかで、和やかな結婚式は続いていた。
ブーケトスなんて誰もやらないだろうから用意もしていなかったのに、ジャブラの「なんだ、やらねぇのか?」という言葉をきっかけに、簡易ブーケでブーケトスを行ったし、大人気ない全力な争奪戦の末ブーケを取ったジャブラは「これでギャサリンと結婚するぜ!!」と意気込んでいた。ウェディングケーキを使用したファーストバイトだってして、バナナをたっぷり使ったケーキを頬張ったし、何故かアネッタも負けじと頬張っていた。
だから、どうせなら終わるまで待ってくれたら良いのに、終わりを告げるように響いた銃声が、この穏やかな空気を引き裂いた。これが祝いの場であげられるような祝砲だったら良かったのだが、恰幅の良い男を先頭に、百人近い男たちが敷地内へと入ってくるあたり祝砲ではないらしい。
わしらを取り囲む彼らを警戒して、一応隣に立つ彼女の腰を抱いたが、新婦の瞳は此方に向くことはない。視線の先にいる男たちも、此方を見てはニタニタと企みを露わに、手にもった海賊サーベルの刃先を向けて声を上げた。
「はっはァ!竜人族の女ァ、ここにいたのか!!」
「売りさばいたらい~い金になるらしいなァ!!」
「お、まてまて、竜人族のほかにも綺麗な姉ちゃんがいるなぁ!あの女もかっさらっちまえ!」
どうやら男たちは死にたいようで、口々に遺言を落とす。
「あはは……あーあ、やっぱり楽しい結婚式で終わらなかったかぁ」
「全く、人の結婚式をなんだと思っとるんじゃ」
「まー…、でも、これでこそ私たちって感じがするよねぇ」
「ああ、全く本当に」
これ幸いというべきか。
アネッタは怯えるわけでも、嫌な顔をするわけでもなく、クスクスとどこか愉しそう笑っていた。
そうして純白に身を包んだわしらは合図も無く、同時に芝を踏みしめて駆け出した。
―――年―月――日 天候、晴れ。
観察対象の竜人族アネッタが挙式を行う。参列者は現CP0の複数名。
途中、彼女の噂を聞きつけた海賊達が割り込んできたが、制圧し、挙式は終了。
「みーつけた。」
書類にペンを走らせていると、鈴を転がすような声が”私”に向けて落ちる。
一体いつ私の姿に気付いたのだろう。絶対に気付かないと思っていたのに。
予想だにしなかった解遁に肩を跳ねさせた私は、観察対象と話す訳にはいかないとその場を離れようとしたのだが、”彼女”は小麦色の髪を揺らして「あぁ、待って。」と手を掴む。此処で彼女の手を振り払っても良いが、今日は彼女にとって大切な一日だ。それを地に落すような真似は到底出来ず、申し訳なさを滲ませる彼女へと視線を向けると、彼女は「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」といいながら、此方の返事も待たずに胸ポケットへと花を挿した。
「…まだお仕事もあるだろうから、手が空くように胸に刺してみたんだけど…、…うん、いい感じ!」
私の胸ポケットに挿された花は、純白のウエディングドレスと同じ白い花だった。香水のように香る甘い香りが鼻を擽ったが、不思議と嫌な気はしない。
少し離れたところで、彼女を探す新郎の声がする。
彼女は「はーい」と声を弾ませながら返事をして、それから私に向けて金色の瞳を細めて「ふふ、今日は参列ありがとうございました。それからいつも私たちのことを見てくれて、ありがとう。観察者さん」そう悪戯に笑むと、一度だけ手を振ってから煌びやかなウエディングドレスを翻して彼の元へと駆けてゆく。
そうしてひとり残された私は、胸に挿された花を見る。
大型の花で、六枚の白い花弁。甘い香り。これらの特徴を見るに、恐らくはクチナシだと思うのだが、彼女はどうしてクチナシを選んだのだろう。真っ黒なスーツに良く映える白い花というのはまるでコサージュのようだったが、まぁ、今日ぐらいはこのままで良いか。
もう一度途中だった書類へとペンを走らせた私は、ふと頭の中を過る花言葉を思い出して、息を漏らすのだった。
クチナシの花言葉はとても幸せですと、喜びを運ぶ。
これを見て下さった観察者様に特別な感謝を。