変わった環境

 竜は空を泳ぐ。何者にも縛られることなく、高く、高く――。

 太陽が傾いて空が茜色に変わる頃、古い街並みの続く国へと降り立った私は、事前に聞いていた待ち合わせ場所の退廃地区へと向かうと、人が住まわず廃墟と化した建物が続く通りに、不自然すぎて場に浮いた複数の影があった。私は其方に向けて「おーい!」と手を振って駆け寄り「お待たせ、待った?」と声を掛けると、上質な白い背広に身を包む白塗り顔の男は首にかけた水玉のマフラーを揺らして、「いいや、丁度良いタイミングだ」と僅かに口角を上げた。私もつられて頬を緩めると、私の頭の上には大きな手のひらが乗せられたのだが、それがなんだか子供相手にするようなものだったので、「子供じゃないんですけど~?」と少しばかり拗ねた風を見せて呟くと「ただの労わりだ。」と笑いを滲ませた言葉が帰ってきた。
 取り合えず隣に立つマハ達が同じように悪戯をしてくる前に、鞄から封筒を取り出して「あ、じゃあこれがお届けものね。」と伝えながら彼らを取りまとめる白塗りの男へと差し出せば、白塗りの男は「あぁ、いつもすまないな。」と労わり言葉を返しながらそれを受け取って、中身へと視線を移す。

「ううん、これが私の仕事だもの。」
「〇〇がこの業務に携わってから待ちの時間が短縮が出来ていて有難い。」
「あぁ、確かに待ち時間はかなり短縮されたな」
「んふふ、そうでしょう。そうでしょう。」

 私はいまもCP0として働いている。
 ただ、変わった事と言えば、戦闘要員ではなくなったということか。あの日、バンゲア城で大暴れしたことで新聞に大きく取り上げられてしまった私の顔は、全世界規模で割れてしまった。しかも、新聞には竜人族が世界政府に監禁されていただとか、天竜人に毒を仕込まれただとか、私がさも被害者であるかのような事を綴っていたため、世界が抱く私へのイメージは”可哀そうな被害者”となり、街を歩けば同情じみた目を向けられる事もしばしば。
そのため、隠密行動などが必要になってくる任務に就くわけにもいかず、今は竜化制限が無くなったことを生かして安全な空路を使用した移動や、物の受け渡し業務に携わっている。
 お陰で、戦闘する回数はぐっと減ってしまったし、あれだけ一緒にいたカクと会う回数もめっきり減ってしまったが、誰の目も気にすることなく自分を出すことの出来る今の仕事のことは結構気に入っている。

「あ、そうだ。何か届けるものとかある?」
「届けるものか…あぁ、ではこの封筒を頼まれてくれるか。」
「宛先は?」
「五老星だ。」
「あー……、じゃあ早い方がいいよね。…よし、じゃあさくっといってくるよ!」

五老星という言葉に思わず言葉が濁ってしまったが、受け取った封筒を鞄に詰めて早々に翼を伸ばしながら、仮面組の彼らに挨拶を交わしてから地を蹴って空へと飛びあがった。――筈だったのだが、足が30センチほど浮いたところで、突然背後からぬうっと現れた腕が私の腹回りをがっしりと捕えて、私は空へと上がる事も出来ずに、大きく肩が跳ねる。

「わあ?!…って、ちょっとぉ、カクじゃない。」

 振り返ってみれば、真っ白でもこもことしたシルクハットが目に移る。しかしシルクハットのせいで彼の表情まで見えなかったのでひょいとシルクハットを没収すれば、眉間に皺を寄せた彼が私を睨んで「なんじゃ、わしには挨拶もせんで帰るのか。」と、少しばかり、いや、随分と不機嫌そうにこちらを見つめるので、少しばかり困ってしまった。

「お仕事優先だからねぇ…ほら、また会いに来るから。」
「嫌じゃ、もう少しゆっくりしても良いじゃろう」

 まるで子供のようにごねる彼は、私の体に回した腕に力を込める。彼が此処までストレートに表現をするようになったのは、あの一件以来なので、恐らく彼もまた心境の変化というものがあったのやもしれない。それに、そんな彼を見て手を振り払えるほど私は大人ではなく、一旦翼をしまえば体はフッと浮力を失って地面へと体を落とせば、彼は小麦色の髪を僅かに揺らして此方を見つめ「……前回会ったのはいつじゃ。」と問いかけた。

「ええと、一週間前…?」
「その前は?」
「2週間前だっけ?」
「…分かっておった事じゃが、前より断然会えなくなっとるのう……。」

 がくりと項垂れるカクが八つ当たりに白塗りの男を睨む。
 それをコラコラと手のひらで目元を隠してやったのだが、白塗りの男は流石に不憫に思ったのか「あぁ、まぁ、それは急ぎじゃない。明後日までに届けてくれたら良いが。」と妥協を零すので、カクは「ほら、ああ言うとるじゃろう。そうと決まれば善は急げじゃな。」とかいいながら、こちらの返事を待つことなく私を米俵みたいに抱えてゆっくりとどこかへと歩き出す。ううん、こうなったカクは頑固だぞ。多分、少なくとも今日一日は仕事が出来なさそうだ。
 まぁでも、彼が私を攫ってくれるから、私は仕事の事も考えずに彼を堪能できるのだけれど。私は機嫌よく伸ばした尻尾をゆらゆらと揺らせば、左手の薬指に嵌るお揃いの指輪を見て今日は一体何をしようと胸を弾ませて金色の瞳を細めた。