彼は前世の記憶を持っているらしい

 養護施設・グアンハオの森で暮らす子供たちの一部に、前世の記憶持ちがいると知ったのは少し前の事。きっかけは、不注意から頭を打った時にジャブラが発した「これがきっかけで記憶が戻ったりしてな」という言葉だったのだが、まさか上位成績者のルッチ、ジャブラ、ブルーノ、フクロウ、カクが前世持ちだとは思いもしなかった。
 しかし、補足するように語られるフクロウの話は、悪魔の実だとか空も飛べる月歩だとか。明らかに信憑性の無い突飛なものばかりだったのに、それが嘘であると切り捨てることが出来ない。不思議なことに、そうなんだ、と納得してしまったのだ。

 その上、聞けば外で暮らすカリファやクマドリも前世の記憶を持っているようで、なんだか自分ひとりだけが仲間外れにされているようだと、そう思った。

「……カーク」
「ん、おぉ」
「カクってば」
「んー」
「聞いてないでしょ」
「んー……」
「ねーえー…構ってよー……」

 ある休みの日、隣町まで買い出しを頼まれた。内容はスパンダムさんが贔屓にしている和菓子屋で菓子折りを買うことで、この頼まれごとは何度か経験がある。だから、別にカクを誘わずともひとりで行けるのだが、きょうは日曜日だ。せっかくなら前世で婚姻関係にあったらしいカクを誘って、散歩がてら一緒に行こうと思ったのに、カクは図書館で借りた本に夢中だ。
 確か、本のタイトルは白月の仮面。新人作家がたいそうな賞を取ったものだとかで、これを借りるのに一カ月も待ったと言っていたが、視線が本に向いてばかりでつまらない。
 ふうん、前世は夫婦だったくせに、随分と冷たいじゃない。

 それに何を言っても彼は生返事ばかり。意識すら此方を向かず、ならばと彼の丁度お腹あたりに頭を押し付けると、カクは呻きながら本を落として、アネッタの首根っこを掴んだ。

「…ああもう、栞を挟んでおらんのじゃぞ。一体なんなんじゃアネッタ」

 というか離れんか。近いぞ。呆れた声が言って、ぐいと首根っこを引く。それから彼がやたらと分厚い本を拾うが、閉じた本は一体どこを読んだのやら。そうして意識はようやく彼女へと向けられたが、当の本人は唇を尖らせて完全に拗ねている。だからたとえ首根っこを引かれようとも離れず、ため息を吐きだしたカクの手が首根っこから離れて頭をぽんと叩くと、アネッタはそこでようやくカクを見つめて、いじけながら呟いた。

「……ずっと呼んでたもん」
「ずっと?」
「ずっとだよ!ずーっと!」
「ははぁ、そりゃあ悪かった、それで?一体何の用じゃ」

 ただの友人、いいや、親友だとしても距離が近過ぎる。
 これが、好意ありきの行為であれば有難いことだが、きっと彼女は分かっちゃいない。カクは、まさか彼女が前世のことを知っているとは思いもせず、頭を押し付けたままの彼女をそのままに身を起こす。それにより預けられた頭の位置が太ももにずれて、膝枕状態になったが、アネッタはそれでも離れようとはしない。なんだ、今日はやけに強情だな。そんなに無視をされたのが嫌だったのだろうか。カクはふわふわと揺れる小麦色のポニーテールを見つめ、暇つぶしにコチョコチョと脇の下を擽ると、彼女はきゃらきゃらと笑って足をぱたぱたと揺らした後、少しばかり熱を帯びた顔でカクを睨んだ。

「もぉ!そうやって誤魔化すために擽るのやめてよ!」
「うん?人聞きの悪い奴じゃのう、お望み通り構ってやったんじゃろうが」
「構い方が子供向けすぎるの!」
「我儘な女じゃのー……それで?ほれ、一体なんの用じゃ」
「……私はただ、外にいくからカクも一緒にどうかなって」
「はぁ、それだけで邪魔したんか」
「邪魔じゃないですう」

 カクと行きたかったの!そうやって恥ずかし気もなく真っ直ぐに呟くアネッタ。

「……」
「?」
「……、……」

 ああ、これだから彼女には敵わないのだ。その真っ直ぐな言葉を、真っ向から受けることになったカクは、流石に照れのような気恥ずかしさを抱いた。彼は言葉を詰まらせると、視線を反らしながら短く切りそろえた頭を掻いた。

「……よくそんなことが言えるのう」

 その言葉の不器用さといったら。けれども彼が照れにより愛想が悪くなることは、記憶のないアネッタもよく知っている。
 アネッタはにんまりと笑って顔を覗き込むと「あらあら~?もしかして、照れてます?」と余計なことをいったが、兎に角いま顔を見られたくない。カクは近くにあった帽子を取って、彼女の頭に被せて呟いた。

「口の減らん女じゃのう相変わらず……。……ほれ、外はまだ暑いから、お前はこれを被っていけ」

「ん、いいの?これカクのでしょ?」
「おお、それはお前にやる。わしはお前がくれた帽子があるからのう」

 言いながら、少し得意げに笑って誕生日に渡した帽子を被る。彼はツバを触るアネッタを見て、「お前にはちと地味すぎるか?」と尋ねたが、続けた言葉はどこか穏やかだった。

「でも、お前はお揃いが好きじゃもんな。いまも、昔も」
「え」
「うん?」
「あ、う、ううん。なんでもない」

 思わず言葉を詰まらせる。だって、いまの彼は自分を見ているようで見ていない。どこか、懐かしむような、慈しむようなそれだ。自分に向けられている筈なのに、自分には向けられてはいないような感覚。なんだかそれがもどかしかくて、仕方が無い。
 アネッタは言葉を詰まらせた後、そっとツバを下げて視界を狭めて頷いたが、彼は異変に気付かずに立ちあがり、窓から覗く青空に、ひとり呟いた。

「……今日も、暑くなりそうじゃのう」


 そうして外に出て暫く。カクの言う通り、外は十一月だと言うのにいまだ気温が高く、晩秋の陽射しが降り注いでいた。そんな中、二人で揃いの帽子を被って向かった先は、碌々堂と呼ばれる老舗の和菓子店だった。老舗和菓子屋の外装は、歴史と風格を感じさせる佇まいで、屋根にある日本瓦の並び。その下に掛けられた看板は手彫りで碌々堂と彫られているが、白ひげ一家の時のように、また面倒な相手を引っ張ってこられては困る。

「のう、アネッタ。此処は大丈夫なんじゃろうな」

 カクが尋ねると、アネッタは露骨に拗ねた顔を見せて唇を尖らせた。

「ここはスパンダムさん御用達のお店だから大丈夫ですう」

 ははあ、なるほど。御用達であれば安心か。確認が取れたカクは納得いった様子で頷くも、彼女はどこか不満げだ。カクって私のこと信頼してないよね。なんて零す口ぶりは拗ねの一色で、そりゃあ信頼する要素が無いだろうと言いたかったが、これを言っては余計に怒らせるだけであることも、よく理解している。ゆえに、出かけた言葉を飲み込んで、適当な言葉を返した。

「わしほどお前を信頼しとる奴はおらんじゃろ、この世には」
「本当?」
「わしゃあ嘘はつかん」

 これだけは、本当に。カクはもう一度言葉を飲み込んで、いいから行くぞと店に入る。

 カラカラカラ。心地よい引き戸が鳴らす入室音。店の中は外の古い佇まいとは裏腹に、程よくリフォームがされているようで随分と空調がきいていた。壁に掛けられた古時計はカチカチと小気味の良い音を奏で、清潔感のあるショーウインドウの中には、品のある練り切り菓子や羊羹、饅頭が並んでいる。金額もスパンダムの御用達というだけあって、少し高めの金額で、どうにもこうにもカステラ一本は買えそうにない。
 カクが眺める横で、アネッタは店内を見渡し、店員が見当たらないことを確認してから、暖簾がかけられた通路の方に向けて声を掛けた。

「ごめんくださ~い」

 一秒、二秒、三秒。
 返事はない。

「あれ?……こんにちは~、ロクメイさんいらっしゃいますか~」

 数秒遅れて足音が続くと、暖簾を捲って現れた女店主が顔を覗かせる。アネッタはその女店主を見て「ロクメイさん!」というと、女店主はぱっと花を咲かせるように笑みを浮かべた。どうやら、アネッタと女店主は顔見知りのようだ。

「あら、アネッタちゃんじゃないの!」
「ロクメイさんこんにちは、ちょっとお使いできたんですけど、いくつか包んでいただけますか?」
「えぇ、えぇ勿論よ……って、あら、隣は?」

 さっさと包んでくれたらよいものの、女店主はどうやら話好きのようだ。女店主は隣に立つスラリとしたカクの姿を見るや否や、口癖のようにアラアラアラと繰り返す。それからショーケース越しに近付いてアネッタを見ると、ロクメイは言葉を弾ませながら尋ねた。

「ねぇ、もしかしてこの子がカクくん?」

 きらりと輝く瞳。これには思わずカクも居心地の悪さを覚えて、初対面で会って名前を暴かれるほどいったい何を言ったんだとアネッタを睨んだが、アネッタはふたりに挟まれてなんとも言えない顔をしている。
 かたや好奇心、かたや疑い。向けられた視線は妙にちくちくとしている。
 アネッタはウウと言葉を詰まらせた後、根負けしたようにしおしおと言った。

「えぇ、っとぉ……カク、とりあえずこちらの方が碌々堂店主のロクメイさん。そしてロクメイさん、こっちがいつも話してるカクです…」
「あらあら、なんだかごめんなさいね。アネッタちゃん、いつもあなたのことを話してるから嬉しくなっちゃって」
「……アネッタ、お前一体何を言っておるんじゃ」
じとり。棘のような視線が突き刺さる。
「べ、べつに変な事言ってないですけど…」
「ほーう?」
「あぁ、違うのよ。うちに菓子折りを買いにきてくれたときには絶対にあなたが好きだからって自分のお小遣いからカステラを買ったり、あなたが美味しそうに食べてたことだったり、普段話してることを教えてくれるのよ」
 それがもういじらしくって!

 ロクメイの言葉はそりゃあもう弾みに弾んでいる。

「え?」
「……アネッタちゃんったらいつも楽しそうにあなたの話をしてくれてるから、いつかあたしも会ってみたいと思ってたのよ」

 穏やかな眼差しに、穏やかな言葉。しみじみと語られるそれはどれも聞いたことのない話で、知らぬうちに驚いた顔でもしていたのだろう。ロクメイはカクの顔を見て小さく笑みを落とした。
 アネッタが、わしのことを話していた?
 確かに彼女が菓子折りを買って帰った日には、必ず包装された一切れのカステラを貰うことが多かった。当時はオマケで貰ったものだなんだと話していたので、随分と気の利いた和菓子屋がいたもんだと思っていたが、あれは少ないお小遣いから買ってくれたものだったのか。
 それに、出先でもわしの話をしているだなんて。

 初めて知ったそれに、じわじわと胸が熱くなるのを感じる。たまらずアネッタを見ると、アネッタは顔を風呂上りのように顔を真っ赤にしていた。それに「ロ、ロクメイさん」と止めに入る彼女の声は震えており、顔の赤みや動揺が、これが本当の話であることを語っている。
 アネッタが、わしのために。

「…そうか、……そうだったのか……。……いやぁ、初めてきいたのう。わしのおらんところでそんな話をしとるとは」

 思わず口元が緩む。けれども彼女はそれを咎めるほどの余裕もないようで、会話を遮るようにショーケースのなかにある和菓子を見て注文をしていたが、その必死さが微笑ましくて仕方が無い。それはカクだけではなかったようで、ロクメイは丁寧に注文品を箱に移すと傍らで尋ね、アネッタは声を上げた。

「あ、いつものカステラはどうする?」
「今日はいりません!!」

菓子折りが入った袋を下げて、横並びに歩く。外は相変わらず蒸し暑く、容赦なく照りつける日差しは和菓子屋で冷えたはずの体温は上げ、汗が垂れる。そのせいで着替えたばかりの服には汗が滲んで張り付くも、不思議と不愉快さはないのは間違いなく先ほどの一件があったからだろう。カクは機嫌よく呟いた。

「いやー、今日はいい日じゃのう」
「いい日じゃないですう」
「いーやいい日じゃ!わははっ、全くお前は昔っから面白い奴じゃのう」

 お前とおったら飽きんわい!そう上機嫌に語る声と眼差しがアネッタに向き、その瞬間抱いた少しの違和感に、アネッタは瞬く。
 あ、また、だ。また、カクが何かを懐かしんでいる。
 いま一緒にいるのは紛れもない自分である筈なのに、いまこのときの出来事を何かと重ねている。そう思った瞬間、今まで恥ずかしいと思っていた気持ちが急に水をかけられたように冷めてしまい、アネッタは袖を掴んだ。

「うん?」

 足を止めるカク。
 その眼差しは、暖かい。

「……、あの、……あのね」

 ええと、その。
 言葉が上手く出てこない。どうして「一体誰を見ているの」と尋ねられないんだろう。カクに尋ねるなんて、いつものことなのに。
 カクはそれを不思議そうにみていたが、ついぞ言葉は出てくれなかった。

「先生からなにかお駄賃とか貰えるといいよね」

 ぎこちなく笑い、歩き出す。つられて同じように隣を歩くカクも歩き出したけれど、もやもやと腹に溜まるような違和感が気持ち悪く、帰りに話した会話はあまり覚えていない。