乾いた手のひらの内で鎖が滑り、先にある鉄球が男の腹部を食らう。固い石壁に縫い付けた衝撃は堅固な壁をも砕き、男は周辺にいた仲間を巻き添えにして瓦礫の下敷きになったが、その行く末を見ている暇はない。
ラクヨウはこれからに備えて地を踏みしめる。それから内にある鎖を握り締め、瓦礫の下敷きとなった鉄球を引っ張り出すようにして腕を振るい、勢いを殺さずに大きく外側に振り回したのは、ラクヨウを中心に回転させた鎖で群れる山賊たちの足を奪うためか。山賊たちも、まさか視界の下から足を奪われるとは思いもしなかったようで、面白いほどに引っかかって体を倒していくが、その中でも山賊が手にした拳銃が降ってきたのは幸運だったかもしれない。
「勝利の女神が微笑む…ってか?」
鎖に添えていた手で拳銃を取りトリガーガードに指を通す。それから拳銃を回すことで銃口を山賊に向け、慈悲を請う間も与えず足を打ち抜くと、上がる硝煙にフウッと息を吹きかけた。
「……ったく、ドンパチはおれの専門じゃねぇってのによォ」
小競り合いの最中に落とした息。ただし、おかげで辺り一帯は随分と静かになった。ラクヨウは足元で蠢く陰には目もくれずに踏みつけると、痛みに呻く声に構わず、いまだ離れた位置で戦いに励むサッチに向けて声を掛けた。
「おぉい、サッチィ!こっちはもう終わったぞ!」
向けられた言葉を背中で受け、「そりゃあ羨ましいことで!」とサッチが多少の焦りを滲ませる。人数で言えば一対七。手にした双剣を入れたところで分が悪いが、理不尽を嘆くほど子供ではない。
彼はゆっくりと息を吐き出す事で、集中を極める。それから地を叩くようにして飛び出した男のサーベルを片手剣で防ぎ、外に払うように流しては残る片手剣を振るい、脇を切り裂いた。
これであと六人。幸いというべきか、ラッキーと言うべきか。両手をどちらも攻撃に使用したことでがら空きだと脇めがけて突進してくる馬鹿がいたが、これは顎を狙い蹴り上げることで対処するとして、あと五人はどうしたものか。蹴り上げたことで顎を仰け反らせる山賊を見て、すかさず二連撃と腹を蹴り、ボウリングよろしく残る山賊たちに向けて蹴り飛ばす。それにより一人は身体を受け止めて倒れてくれたが、彼らも黙ってやられるタマばかりではない。
「…っと、おれも遠距離武器でも習うかねぇ」
見聞色の覇気が無ければ、とっくにやられていたかもしれないとサッチは独り言ちる。
「さっさと死ねよォ!海賊風情が!!」
山賊が怒りに表情を歪め、手にした銃を構えて放つ。一寸の躊躇もなく放たれたそれは頬を霞め、山賊は次発を狙い引き金を引くがその一瞬が命取りになる事は馬鹿でも分かる筈。先ほどの一発で仕留めるべきだったなと思うのはサッチの談。頬に焼けるような熱を感じて舌を打ちながらも、地を蹴るようにして距離を詰め、狼狽える男の懐で双剣を同方向に、十時の方向に切り上げたあと、その勢いを利用して踵を返すよう回転して今度は腕を交差させ、斜め十字に切りつけた。
「っお、ご……ッ」
のけ反る男が血を吐きながら倒れ、痛みに喘ぐ。此方も腕で頬から滴る血を拭い、残りの三人を見たが、終わりを確信して腕を下ろす。見聞色の覇気が、頼もしい存在を捉えたからだ。
現に、戦意を消したせいで山賊たちはこれは好機ではないかと顔を見合わせたが、彼らの背後から迫る青い炎が辺り一帯を焼き尽くしながら体を包み込む。そのうち、難を逃れた山賊の一人が銃を構えるが、能力者からすれば豆鉄砲でしかなく、マルコは口角を吊り上げた。
「これで最後だよい!鳳…ッ凰、印!」
両腕を燃え盛る炎で模った翼を打ち鳴らし、宙に舞う。揺らめく炎は、眩いほどの光を放ち、不死鳥化させた足で炎を纏う衝撃波を叩き込むと、サッチの隣へと降り立って嫌味を零した。
「手ェ抜くのが早えんじゃねえかよい」
「休憩だよ、休憩」
「休憩ねえ」
しかし、隣に並ぶ二人の会話には余裕が混じる一方で、集中が切れないのはいまだ目的を達成していないためか。二人の視線は奥で怯えながらも人質を取ってサーベルを向ける山賊に向かい、ゆっくりと距離を縮めると「返してもらおうか、うちの可愛い末っ子を」と声を掛けた。
「へ、へへ……なんだ、アンタたちこんな小娘がそんなに大事なのか……」
目の前の惨状を前に零した言葉は、随分と情けない嫌味だったように思う。しかし、目の前の男が人質を取ったのは白ひげ海賊団が可愛がっている末っ子で、これ以上怯えさせるわけにはいかない。アネッタは山賊に羽交い絞めされたまま怯え、震えていたが、マルコがにこりと笑って「アネッタ、もう少し待ってろよい」と伝えると、山賊がヤケを起こさぬよう選択肢を手に尋ねた。
「それで、一体何が望みだよい。命だけは勘弁してやればいいのか」
「は?」
「まさか…うちの大事な大事な末っ子に手を出して、金でも貰えるとでも?」
うちも舐められたものだな、とサッチが乾いた笑いを落とす。その言葉にじゃあこの取引のような現状は一体なんなのだと山賊は思ったが、これが取引でなく最後の猶予なのではと考えが頭をよぎると、その瞬間自分の中にあった考えが全て甘かったのだと理解し、膝から崩れ落ちた。
「……金をくれてやってもいいが、その後どこまで追いかけっこが続くか楽しみだねい」
あぁ、これは完全に詰みだ。金を貰っても、傘下の多い白ひげ海賊団に一生首を狙われては構わない。ましてや今更ヤケになってこの女に手をかけたところで、向かう先は死だ。であれば、ここで許しを得て、命だけでも逃してもらった方がずっと利口ではないか。男は震えながらサーベルを落とすと、アネッタに向けて「もう行けよ…なんだんだよお前……」と力なく零した。
「あ……」
アネッタは目の前に落ちたサーベルと、男の言葉に体を震わせる。しかし、その一方でもう自由な身であることもわかる。彼女は恐る恐るその場を離れ、駆け出すと、向かえた二人の腕に飛び込み、これまでの恐怖を語るよう涙をあふれさせた。
「わ、ああ……ッサッチ、マルコ…ッ!」
「ごめんな、迎えが遅くなっちまった」
「……怪我はないかよい」
二人の優しい声色は彼女へと注がれる。それでも暫く彼女は泣き続けていたが、サッチが彼女の体をひょいと抱き上げて尻を腕で支えると、マルコは溢れる涙を袖で拭い「おかえり」と笑みを零した。