時刻は約束の23時。従業員として潜入したホテルにて、ルームサービスを利用したいと要望する部屋までワインとフルーツの盛り合わせを乗せたワゴンを押して、部屋番号3602号室で足を止めたわしは扉を四回ほど叩く。すると暫く間を置いて扉が開いたのだが、扉を開いたのはバスタオル一枚を体に巻き付けた若い女で、風呂上りなのか胸元にはまだ雫が残っている。
「はぁーい」
気の抜けた言葉に緩んだ空気。一度辺りを見回して人が居ないことを確認してから「…なんじゃもう終わったのか?」と問いかけると、彼女は「んふ、優秀だからね」と笑って熱の残る手でわしの手を掴むと中に入るよう促すので、わしは扉の外側に起こさないでくださいとかかれたプレートをドアノブに下げてから中へと足を踏み入れた。
「それで?どうじゃった。」
中へと入った直後、従業員ごっこはおしまいだと窮屈に感じていた首元のボタンを外して上着を脱ぎながら問いかけると、彼女はベッドの下で体を倒した仏に視線を向けながら「当たりじゃないかなぁ、結構面白い情報もあったよ。」と機嫌良く零しては、机の上に広げた男の私物に手を伸ばす。
机の上に広げられた私物の中で、特に目立っている紐付き封筒を手にとった〇〇は、わしに向けてそれを差し出すので取り合えず受け取ってはみるものの、彼女はそれだけかって顔をするのでえらいえらいと頭を撫でて、ついでにルームサービスで持ってきたフルーツの盛り合わせから葡萄を一つ取っては彼女の口元に寄せた。
「んん、これおいしいねぇ」
「流石は五つ星ホテルってことじゃのう」
〇〇は口元に寄せられたそれをぱくりと食べては満足げに笑むので、わしもつられて目元を緩める。それから適当にそのあたりにあった椅子に腰を下ろして、紐付き封筒の中身を確認しながら他愛のない会話として「しかし、今回ばかりはおぬしに助けられたのう。」と零すと、〇〇は「角オタクのお眼鏡に叶うのなんて私ぐらいしかいないだろうしねぇ。」とけたけたと笑う。
「まぁ…わしとしてはそのような者の前に出したくはなかったが。」
「あは、やきもち妬きだ。」
「ふん、なんとでも言えばいいわい。」
誰だって恋人を、ハニートラップ要員として他の男に差し出すなんて真似はしたくはない筈だ。とはいえど、そんな感情論が許される筈もなく、重要顧客リストを保持していると噂を持つ角オタクにハニトラ要員として○○を送り出したわしは、そんな気持ちを知らずに茶化す彼女をじろりと睨んで「というか早く着替えんか。」そう零したのだが、いまだバスタオルを巻いただけの彼女はにんまりと笑って「あとで脱がすくせに」と返すのでなんともタチの悪い女だと少し頭が痛くなった。
「いま脱がしてやっても構わんが?」
機嫌悪く呟くと、そろそろわしの機嫌を察したらしい彼女が「やべ」と視線を少しばかり逸らした。
そうして彼女が逃げるようにして着替えに行ったあとは書類を確認して、それが狙っていた顧客リストであることを確認したわしは懐に忍ばせていた子電伝虫を使ってルッチに一報を入れたわけだが、切電間際に足元に転がっている箱をみつけたわしは「ハニトラほど不愉快なものはないのう」とぼやいてルッチに「バカヤロウ私情を挟むんじゃねぇ」と一蹴されてしまった。
半ば一方的に切電された後、書類を机に置いてから足元に転がった見覚えのある正方形の箱を拾ってぱかりと開いては、箱の中央に鎮座する指輪を見て乾いた笑いを落とした。
いやはや、やっぱりハニトラほど不愉快なものはないじゃないか。
わしはそれを摘まんで持ち上げると、頭の悪い女が喜びそうな大きなダイヤモンドがぎらぎらと主張強く光ったがわしに取ってはただのゴミ。ゴミはきちんと捨てなければ。と視界の端に入る暖炉に放り投げると、ぱちぱちと爆ぜる音を耳に立ちあがる。
そうして「〇〇、気が変わった。」と、着替える彼女の腕を引いて反応なんて待たずにベッドに転がしたが、彼女は驚くような表情を見せるだけで抵抗も見せずに「仕方ないなぁ」と小さく笑うので、わしは彼女の手に指を絡めながら愛を囁いた。