竜人族には何か面白ぇ風習は無えのか
ミンク族にガルチューという独特な挨拶が存在しているように、この世界には種族や地域ごとに異なる風土や風習が数多く存在している。それ自体は何ら不思議な事ではないが、藪から棒に言われても回答に困る。飲みの席にて、突然ジャブラから向けられた話題。ちょうど話題が枯渇したいた事もあり、すべての視線が此方に向くが、赤ん坊の頃から研究所やグアンハオで育てられた身だ。両親はおろか、同種と関わりすら無い女が答えられる筈がない。
アネッタは「これ、美味しいわよ」と近くに寄せられた薄切りのトマトとチーズを重ねたカプレーゼを口に運びながら言った。
「しらなーい。私は竜人族生まれの人間育ちだし」
あ、美味しい。チーズのフレッシュさと、トマトとバジルの爽やかさ。カリファに言われたとおり絶品で、パンと一緒に食べたら美味しいかもしれないと、近くにあるスライスされたバゲットに手を伸ばすと、ジャブラは顔を顰めて呟いた。
「あぁ?何か研究所とかで聞いてねぇのかよ」
「えー……研究所っていっても、あの人たち何にも教えてくれないからなぁ」
「カクは?どうせコソコソと調べてんだろ、なにか知らねぇのか」
「ワシャ生態に関係の無いものは見ておらんし、興味も無いわい」
「んだよ使えねぇな」
くいと酒を煽り、つまらなさそうに息を吐く。それを見てカクが、まぁまぁと適当になだめながら一杯お酌をするのは珍しいことだが、おおかた面倒臭いからなのだろう。案の定ジャブラは気を良くしていたし、カリファも、ジャブラとカクの様子を見て小さく息を落としていた。
竜人族の風習ねぇ。
「あ、そういえば一つ知ってるかも」
とつぜん、話題の終わりにアネッタが呟く。そういえば、ほんの些細なことだが研究所で竜人族の情報を集めた資料を見せてもらった時に、面白い記述があって。アネッタが言うとジャブラは喜び、皆が耳を傾ける。そこには生態に関係ないものは見ていないと言っていたカクの視線もあり、アネッタは微かに残る記憶を手繰り寄せたあと、こめかみに連なる三本の角を示した。
「私たち竜人族は、それぞれ角を持ってるんだけど、結婚したら角に傷をつけるんだって」
「傷?」
「そう、まぁいわゆる結婚してますよーっていう証なんだけど、ただの傷じゃアクシデントでついたものなのか判別がつかないでしょ?だから、角の一部に模様を入れたりしてたんだって」
「へぇ……入れ墨みてぇなもんか」
「そうそう、面白いよねぇ。人間でいう結婚指輪とか、それらの代わりかな」
まぁ、今や竜人族は私だけだから入れたところで誰も分からないけど。言いながらカプレーゼを乗せたバゲットを食す。そのあとは柄の詳細だとか、角の大きさや長さなどのよもやま話を楽しんでいた筈なのだが、気付けばカクの膝枕を受けているのだからお酒って恐ろしい。見上げた先にある、きらきらと輝くどんぐり目。どうやら角の模様彫りという話題は、職人気質を擽る話題だったらしい。
アネッタは膝枕を受けたまま「やりたいの?」と尋ねると、「だってお前はわしのじゃろ」と言うが、公衆面前でのデレだ。多分、普段よりも酔っているのだと思う。
これにはジャブラもうんざり顔で「よそでやれよ」と簡単に言ってくれるが、そんな注意でやめるくらいなら私がとめていた。
「酔っぱらったカクが止まらないってこと、ジャブラも知ってるでしょ」
普段はあまりデロデロに酔っぱらうことはないが、たまにこうやって暴走をすることがある。その時の彼は普段よりも幼く見えて、甘えてくるカクは可愛くもあるけれど、話題が話題だ。一生ものと言える模様彫りを、飲みの勢いでされては困る。それをジャブラも案じているようで、彼は呆れたようなモノ言いで言った。
「そりゃそうだけどよ……オメーもいいのかよ、されるがままで。多分コイツ本当に彫るつもりだぞ」
「まぁ、そうだけど、……カクならセンス良くいれてくれるでしょ」
「へっ、惚気やがって」
まぁ、惚気なのは否めない。しかしまぁ、先のとおり模様彫りは一生ものだ。彼が彫りたいと言うのであれば止める気はないが、流石に酔いの勢いではなく、シラフ時にきちんとデザイン案を出してからが良い。
「せめてお酒が抜けてから部屋でやろうね。一生ものだし」
アネッタが宥めるように言うと、カクはそりゃあもう甘えた顔で「嫌じゃ~~、わしははよう彫りたい!ここが駄目なら帰ってからやるぞ!」といって、膝枕をしていることも忘れて立ち上がるので、頭をごちんと打つことになった。
ははあ、この人、だいぶ酔ってるな。ふわふわと揺れる頭がなんとなくひよこっぽい。ひとまず今日はこのまま部屋に戻ったら絶対に寝かしつけてやろう。アネッタはぼんやりと彼を見上げながら、小さく息を落とした。
三本連なる角の内、真ん中の角に出来た模様をなぞる。つるりとした表面に、細い道筋のように入った溝。スミの入っていない模様は近くで見ないと分からないが、鏡で見たそれは美しい仕上がりだ。しかし、この模様は一体何を象徴したものだろう。何を想って、この模様を入れてくれたのだろう。
聞こうにもカクは愛おしそうな目で、それこそ愛情たっぷりの目で見つめては「これで、身も心もわしのものじゃな」なんて言うから、アネッタは「そうだね」としか言えず、彼の手に引かれるまま胸へと招かれ、その暖かな愛情に頬を緩ませた。