甘えてもいいんだよ(🦒)

「きょうは一日甘えていいよ!」

 そんなことを言われて、甘やかされている。
 一緒に風呂に入って、髪を洗ってもらって。風呂上りには一緒に冷やした果物まで食べて。甘やかされていると言えば甘やかされているが、そもそも何がどうしてこうなった。
 尋ねても「カクはいっつも甘やかしてくれるから」と言うだけで、──つまるところ、いつもの気まぐれなのだと思う。

 就寝時間に合わせて、角にカバーを被せてリボンを止める彼女は眠たげに欠伸を漏らす。それを手伝う代わりに「もう甘やかすのは終わりなんか」と尋ねたのは、せっかくの甘やかしが終わる事への不満なのだが……アネッタは少しだけ機嫌よく笑った。

「あんまり甘えてくれないから、甘やかされるの嫌なのかと思って」

 甘やかされる事が嫌ではないと、幼馴染の彼女は知っているだろうに。
 フフフと機嫌よく笑う彼女は少しだけ酔っている。それは先ほど果実酒を少しだけ飲んだせいであり、ほろ酔い程度であることも把握している。けれど猫のように甘えて頭を摺り寄せる姿は、とうてい甘やかす側に見えない。

 頬に手を添えて、彼女の鼻先に口付けを一つ。キュッと長い睫毛が下を向くと、鈴を転がすような声が笑った。

「ひひ、くすぐったい」
「色気のない声じゃのう」

 それに構わず、鼻先や目尻、頬へも口付ける。彼女はそれをきゃらきゃらと笑い、「甘えるんじゃないの?」と尋ねていたが──難儀なことにどうやらこれが甘えた姿らしい。
 人の目も気にせず、立場も気にせず。ただの男と女。幼馴染となって、目の前にある欲に忠実になっても良いこのひと時。それを噛みしめるように口付けを重ねると、アネッタはそれを受け止めながら肩を揺らして笑う。……ただ、彼女も小さな女の子ではない。まるで仕返しのように同じだけのキスを返すと、細い指が唇を触った。

「此処にもキスしていい?」

 珍しい。なんとも珍しいおねだりだ。普段リクエストしても真っ赤になって嫌がるくせに。
 その言葉を飲み込んで、平静を装って、彼女の手を取り指先へと口付ける。

「勿論」

 短く言うと、彼女はまた嬉しそうに笑う。
 長い鼻を避け、それから自分の角の位置も考えると少し大変そうではあるものの。触れ合った途端に感じる幸福感は、胸にある穴を塞ぐ。──ああ、これが満たされるという感情か。指の隙間からも抜けていかない、ただそこに残り続ける幸福感。胸の中が熱くなって、心臓の音が波音のように穏やかになり、なんだか酷く落ち着く。

 それを噛みしめていると、不思議なことに体の力が抜けてしまい、彼女の身体を押しつぶしながら倒れると、アネッタはまたワアワア言っていた。重いとか、デカいとか。そういう苦情だったような気がする。それでも倒れた後のアネッタが横に抜け出すと、わしの顔を見て頭を撫でた。

「ふう……甘えん坊め。──おやすみ、カク」

 愛情に満ちた、穏やかな鈴の音。満たされた心はいまだ減らず。胸は温かなままで瞼を閉じると、そのまま意識がとろめいてしまう。それがなんだか勿体ないように思えて、名残惜しさから手探りで彼女の頬に手を当てると、「だいすきだよ」という子供じみた告白が囁かれ、静かに夢の中へと潜った。