彼は彼女を甘やかす(🦒)

 生命帰還。言葉を皮切りに、うぞうぞと腰まで伸びる髪を梳く。ふわふわと柔らかく、ウェーブがかった髪は伸ばしたばかりで櫛通りが悪く、ヘアオイルを馴染ませた櫛で髪を梳く。それにより髪の毛は途端にさらさらと通りがよくなって、その髪を三つ編みに編み込む。数個に分けた束を、右に、左に。整えられる間のアネッタは大人しいもので、上の空で本棚を見ていたが任務直後だ。単純に疲れているのだろう。

「どうした、眠いんか」

 訊ねるカクに対して「うーん」と言う返事は、完全に眠たいときのそれだ。カクは手早く三つ編みを作ってゴムで縛ると終わったぞ、と伝えてやったが相変わらずぼんやりとしている。不思議に思い、彼女の脇の下に手をやって猫のように抱き寄せる。それからぎゅっと抱きしめると、普段は体温の低い彼女が、なんだか暖かいような。
 なんだ、やっぱり眠いんじゃないか。小さく息を落としつつ、彼女が楽な体制になれるよう此方に凭れるよう体制を変えてやると、アネッタはされるがままで、ぼすんと背中を預けては眠たげな瞳を瞬かせた。

「今日もいっぱい怪我しちゃった」
「……そうじゃのう」
「みんなみたいに上手にやれないなぁ……」
「わはは……なんじゃ、今日は反省会でもするのか?」
「んー……カクに怒られる前にやっておこうかなって」

 どうやら、多少なりとも怒られる要素があったと自覚をしているようだ。正直、彼女の精神年齢を考えれば上出来ではあるが、彼女の居座る場所がサイファーポールであることを考えると、手放しに誉める事は出来ない。
 あそこが駄目だった。あの場ではああすべきはなかった。一つ一つ、丁寧に教えて、むくれたころに「でも、あの時の行動は良かった」と褒めてやる。ブルーノやジャブラは、お前はアネッタに甘すぎると言っていたが、二十年来の付き合いだ。致し方なし。それに、一つ褒めてやるだけで集中を切らさずに継続出来るのならば、これほど良いことはない。

「あとは、そうじゃの、今日のお前の行動について、一つ共通点があるがそれは一体なんじゃと思う?」

 凭れる彼女を抱きしめて、課題点を聞いたうえでの共通点を聞く。散りばめた課題には、かならず共通点があり、それが今後の修正を行う上で一番のポイントになるからだ。彼女は問いかけにううんと悩む素振りを見せる。それからこれまでの指摘を指折り数えたあとにはまた悩んでいたが、恐る恐るでも答えを見出したのは良かった。カクはあえてたっぷりの間を置いて焦らした後、「正解」と短く言って項に口づけると、アネッタは嬉しそうに笑い、足をぱたぱたと揺らした。

「今日は冴えてるかも!」
「冴えてるなら頑張ってほしかったのう」
「いいの、明日はもっと頑張るから」

 もっともっと上手になるよね。
 彼女は腐ることを知らない。それがまた眩しくて仕方が無いところなのだが、それを語るのはご褒美が過ぎる。

「はは、じゃあ、それを期待するかの…っと」

 言いながら、彼女の体を横にころんと転がして、自分も隣に寝転んでみる。彼女はワアワアと言っていたが、それでも目が合うと幸せたっぷりといった様子で目元を和らげて嬉しそうに笑うのだ。

「ねぇねぇ、このあとは何する?カクもこのままお休みでしょ?」
「ああ、そうじゃのう…お前は何をしたい」
「ん~……あ、そうだ、隣の島に新しくバルが出来たからそこにいきたい」

 お腹がぺこぺこなんだよね。そう話した途端、主張するように腹の虫がグオグオと怪獣のような音を立てる。なんだか可愛いやら面白いやら。カクは彼女の腹を大きな手で摩ると「せめて、少し休憩してからいかんか」と呟いた。

「どうして?」
「仕事あとじゃろ、少し休憩してからでも遅くはない」
「でも夜になっちゃう」
「夜のデートも楽しいじゃろ」
「……確かに」

 言いながら、暖かい手のひらがすりすりと腹を撫でる。そのうち彼女は安心したように欠伸を零し端の方にあった毛布を手繰り寄せてミノムシのように包まっていたが、包まった後に向けられた視線が気になって仕方ない。何か、わくわくしたような、物欲しそうな。どうしたのか尋ねると、アネッタはそりゃあもう甘えん坊満載の声で強請った。

「一緒に寝よう?」
「……、……わはは、いつまでたっても甘えん坊じゃのうお前は」

 そうして、シングルサイズの毛布を二人で使う。そういえば、子供の頃は二人で毛布を使っても余裕があったのに、今では随分と余裕がなくなってしまった。比較的小柄な方である彼女は丁度良さそうだが、長身の彼からすれば微妙に短くて足が出る。それこそ、足を狙って奪っていくようなお化けがいれば、格好の餌食だろう。……まぁ、それは兎も角、狭さに関しては、彼女の腰を抱き寄せてやれば丁度良いか。カクは彼女の腰を抱き寄せて、おやすみのキスを額に贈ると彼女はやっぱり嬉しそうに笑っていたが、次の瞬間にはスコンと寝落ちてしまい、相変わらず子供みたいなやつだと息を落とした。