昼休憩の時間帯。ガレーラカンパニーの一角で、普段は溌剌としているアネッタが膝を抱えて呆けている。手にした水肉肉たっぷりのサンドイッチは手付かずのようで、隣に座るカクが隙ありと口いっぱいに頬張ってみても反応はなし。それどころか「あげる」と差し出す様子は力なく、暇を縫って顔を出したアイスバーグは、いつにないその光景に首を傾げて尋ねた。
「ンマー、どうしたんだ」
体調不良か、それとも何かトラブルがあったのか。
しかしアネッタの反応は薄いもので、近くに座るパウリーが頭を掻いて机を指した。
「あー……コイツの銀時計が壊れちまったようで、それで」
それを辿ると広げたハンカチーフが目に映る。白地にミモザの花が描かれたものは、恐らく彼女のものであろう。その上には先の説明にあった銀時計が置かれているのだが、蓋やガラスは粉々に砕け、それどころか中の長針や秒針までもがひしゃげている。その壊れ方を見るに何かに潰されたのだと思うが……見るも無残なそれに、いつだったか初めてのお給料で買ったのだと嬉しそうに見せにきた時のことを思い出す。
あの時は、横スライドして草を食むヤギの仕掛けを自慢する彼女に大した反応もしてやれなかったが、自慢していたぶん思い入れも強かった筈だ。自分もトムさんから譲り受けた木槌を折った事があるだけに、曇天を背負って茫然としている理由も理解できる。
アイスバーグは暫くその様子を眺めた後、アネッタに向けて尋ねた。
「替えの時計はあるのか」
船作りにも当然締め切りがある。加えて船作りは複数の工程を業務ごとに分けたチームでそれぞれ行っており、時間単位での連携が必要になる。ゆえに初めと終わりの工程を請け負う潜水検査技師の彼女は何かしらの時計が必要なのだが……ショックが強すぎてそこまで考えが至っていなかったらしい。
ようやく我に返った様子のアネッタは、気まずそうに視線を落として首を振った。
「いえ、替えは……」
「そうか、この後の業務は?」
「え、あ、ええと検査案件が五件ほどあるので、それをやって交渉と見積りまで此方でやろうかと」
「それじゃあ時計が無えのは不便だろう」
アイスバーグが近くにいる職人たちへ時計の余りはねえかと尋ねる。しかし、時計なんて余分に持ってくるようなものではない。流石にパウリーやカク、ルッチも持っていないようで、アネッタは増々申し訳なさから萎縮してしまったが、銀時計を壊した事を責めているわけではない。この場に余分が無い事を確認したアイスバーグは、「アネッタ、休憩中で悪いがついてきてくれ」そう伝えると、其処で何をするかも伝えずに踵を返した。
「うわぁ……綺麗な銀時計……!」
執務室へと戻るなり差し出された銀時計を見て、アネッタの声が弾む。その瞬間、肩にのしかかっていた曇天は消え失せて、まるで宝物を見つけた子供のように目を輝かせるアネッタは手渡された銀時計を見る。
それは、柔らかな光を反射して美しい輝きを放っていた。蓋には緻密な彫刻が施され、中央にはガレーラカンパニーのロゴが鎮座している。その周囲には繊細な波模様が刻まれ、そっと蓋を開けると滑らかに磨かれた銀の文字盤の上に広がる白いエナメルが、数字の輪郭を際立たせ、その繊細さをいっそう引き立てていた。さらに時計を裏返すと、会社の設立年を示す刻印が施されていた。当時の輝きをそのまま保っているあたり大事に保管されていたのだろう。
アネッタは指先でその刻印の輪郭を辿りながら思う。
これって激レアな設立記念品のなのでは……?
「……本当に貰っちゃってもいいんですか?」
興奮気味に尋ねると、アイスバーグは相変わらず涼しい顔で言った。
「ンマー、大したもんじゃなくて悪いが」
それがかえって彼の品格を際立たせるようで、「これが大したものじゃないなんて!」と前のめりにツッコミたくなったが、それは野暮というものか。アネッタは窓から差し込む陽光を受けて煌めく銀時計を見る。それからきっとパウリーがこの場にいたら、この激レア品である銀時計を見て驚き羨ましがるに違いないと密かに思い、フフと笑いが落ちた。
「アイスバーグさんありがとうございます。大事にしますね!」
「あぁ、午後も頼むぞ」
「はいっ!」