叔父さんと姪っ子

 神室町の掃き溜めで、柄の悪い男たちに囲まれた女子高生は酷く怯えていた。時刻は二十時前。制服姿でスクールバッグを持っている様子から恐らくは塾帰り……あるいは部活帰りであろう。「やめてください」と掠れた声で懇願するも、それを嘲笑うように男たちの下品な笑い声が響いてひとりの手が伸ばされた瞬間――「警察だ」と低く鋭い声が遮った。

「け……っ警察…?!」

 男たちの声が思わず上擦った。その表情は引きつり、明らかに動揺している。一体何をしているのかと問われると、彼らは「迷っていたから助けていただけだ」と適当な言い訳を口にしたが、震える女子高生を見れば、それが嘘であることは一目瞭然。
 警察官が眉間に皺を寄せ、鋭い視線を向けると、男たちは次第に居心地が悪くなったのか、立場が逆転したように肩を縮め始める。そして、耐えきれなくなったようにひとりが逃げ出すと「おい、ズリいぞ!」と声を荒げながら全員が散り散りになって逃げていき、女子高生は警察のひとりである黒岩満へと抱き着いて頭を押し付けた。

「叔父さん……っ!」

 その様子にひときわ驚いたのは綾部であったように思う。……女子高生が黒岩に抱き着いた?一体どういう状況だと、まるで頭を木槌で殴られたような強い衝撃が走る。無駄に端整な顔立ちをしている割に女の噂を耳にしたことがないだけに、目の前にある光景が異様に思えたのだ。
 黒岩は眉間に刻んだ皺を緩めると、息を吐き出した。

「……××、なぜお前が此処に?」
「あ……塾の帰りで……」
「塾の帰りはタクシーを使うように言っている筈だが」
「その、タクシーが捕まらなかったから電車で帰ろうと思って」
「……せめて連絡をしろ」

 確か、今日は神室町で大きなイベントがあると聞いている。そのせいで普段以上にタクシーが捕まらないのも無理はない。しかし、神室町は警察から見ても治安が良いとは言えない場所だ。そこを女子高生が一人で出歩くのは、鴨が葱を背負っているようなものだ。偶然通りかかったから良かったものの、もしあのまま裏路地に連れ込まれていたら――考えるだけで腹の底が重くなる。

「……ごめんなさい」

 胸に顔を埋めたままの女子高生が小さく声を漏らした。その声はくぐもっていて内容は聞き取りづらいが、黒岩はそれを咎めることも、無理に彼女を引き剥がすこともせず、ただ黙って受け止めている。しばらくして女子高生がそっと顔を上げると、黒岩は親指の腹でそっと目元に滲んだ涙を拭った。

「一人で帰れそうか?」
「……、……叔父さんと一緒に帰りたい」
「……」

 黒岩は溜息を落とさない。それどころか桜庭を見た黒岩は「このままおれは直帰する。桜庭、悪いがお前はさっきの馬鹿の情報を軽くまとめておいてくれ」と伝えた。

「えぇ、わかりました。……タクシーを呼びましょうか」
「いいや、適当に帰るから必要ない」
「はぁ、そうですか」
「……なんだ、綾部」

 何か言いたそうだな。と棘のある声が響く。

「あ、あはは……いやぁ、その、黒岩さんが女を連れてるなんて珍しいもので」
「……こいつは姉の子供だ。訳あって面倒を見ている」

 挨拶した方がいい?と尋ねる女子高生に、桜庭は兎も角こいつに挨拶は必要ないと黒岩がバッサリと切り捨てる。その物言いにカチンとくるものの、女子高生はなかなか穏やかな性格をしているらしい。それに不思議そうな顔をしたあと、丁寧に頭を下げてくれた。
 そうして二人が去ったあと、「あの黒岩さんが」と零す桜庭に同意を示して頷く。桜庭は何か微笑ましさすら抱いているが綾部は違う。……あの黒岩満が傍にいる事を許した女か。もしかしたら今後何かの役に立つかもしれないと、そう考えたのだ。少しの興味を示した綾部は携帯に今記憶したばかりの制服を携帯に打ち込んで、近くにある女子高の生徒であることを突き止める。それから密かに口角を吊り上げてこのまま直帰する事を伝えると、引き留める声を適当に躱して雑踏へと紛れ込んだ。