トミザワ
「日本の電車ってのは毎日こうなのか?」
ぎっしりと密集した満員電車にて。壁際に寄るトミザワは、背中からの圧に耐えてうんざりとしていた。……小さい島国だってのに、人が多すぎる。どうしてこうも電車一つに密集するんだ?大きな規制も無く、恐怖に怯える事だってない筈なのに、ハワイよりも明確な息苦しさを感じる。次の駅にたどり着いて、さぁようやく人が減るかと思ったのに人は減るどころかさらに増えてついに壁に押し付けられることになった。「……んぐ……××、大丈夫か?」それはいわゆる壁ドン状態というやつで、自分の前に立つ××との距離は無い。……これじゃあまるで抱きしめているようではないか。なんだか妙な動揺が走る。
「……わ、……悪い」
トミザワが言う。しかし、××はいたって普通だ。今この状況で、彼女は胸だって押し付けているのに普通の顔でケロリと言う。「ううん、大丈夫。むしろごめんね」……なんで大丈夫なんだよ、……くそ。自分ばかりがドギマギしていてなんだか悔しい。だからと言ってそれを口に出すなんてダサイ事はしないが、心臓の音だけは矢鱈と大きく響いていた。
マスター
こっくり、こっくり。電車の中で、眠たそうに船を漕ぐ彼女を見た。……何かの帰りだろうか。辺りを見回せば、電車内はそれなりに空いている程度。であれば違和感はないだろうと声もかけずに隣に腰を下ろすと、彼女にとっては丁度良い枕の登場になったのかもしれない。船を漕いでいた頭が肩に寄りかかって、ようやく落ち着いた様子で眠りが深くなる。
……まさかこんなに寝てしまうとは。起こしてやろうか。それとも寝かせたままでいようか。膝にある手には緩く握られた携帯があり、深い眠りによって緩んだ手からするりと落ちる。――ゴトン。その音で目覚めた彼女は凭れた頭を起こした後、暫く呆けていたがようやく居眠りをしていたこと、それから隣の誰かにもたれかかっていたことに気付いたらしい。申し訳なさそうに此方を見たその時の顔と言ったら。「は、え、…あ……マ、……マスター……?」ハワハワと鯉のように口が開閉して、顔全体が熱湯を被ったように赤くなる。あんまりにも顔が赤くなるものだから、ちょっとの出来心で「別にまだ肩を借りたままでもいいんだぜ、降りるのはもう少し先だろ」そういって自分の肩を叩くと、彼女は更に顔を赤くして「勘弁してください……」と顔を背けながら弱弱しく漏らした。
趙
「あれぇ……奇遇だねぇ××ちゃん」
電車の中で、彼女と会った。比較的空いている電車内。つり革に掴まる彼女は目が合うや否や顔を綻ばせて、その表情一つが胸を打つ。……スマートに、自然に、冷静に。彼女の隣に立って、同じようにつり革を持つ。「何の帰り?」尋ねたのは他愛のない話の入り口と、詮索の下心。しかし彼女はいつだって明るく、それでいて無垢だ。いまこの会話に下心が含んでいる事も考えずに「実家の帰り。母さんがたまには帰って来いってうるさくてさぁ……」とうんざりした顔で話すので、趙は其れを聞きながら「へぇ……そりゃまたお疲れ様。でも××ちゃんのお母さんも気になるよねぇ……やっぱり××ちゃんはお母さん似なの?」と話を膨らませて、その偶然を楽しんだ。