天然パーマは雨の日に爆発する(2024年12月版)

 梅雨に入り、連日の雨が目立ち始めた頃。雨と相性の悪い天然パーマは、湿気により爆発したように広がっていた。それも二倍近く増えたと錯覚するほどの爆発具合で、いくら櫛で解いても整う事がない。
 おかしいな。この櫛は、誕生日に貰ったカリファ御用達の高級品。であればカリファの美しい絹糸のように整う筈なのに、何度同じように髪を梳いても鏡の前に居るのは毛虫だ。……髪を整える為のヘアオイルが足りない?それとも、シャンプーが悪かった?いいや。もしかしたら、櫛というものは元々の美しさを引きたてるものであって、髪を美しくするためのものではなかったのかもしれない。

「はぁ……これだから梅雨は嫌い……」

 髪の毛はまとまらないし、外にもお出かけにいけないし。頭を垂らして独り言ちるよう呟いたあと、顔を上げると鏡に映る自分の背後にジャブラがいた。
 それも、ジャブラの目は三日月を描いて、瞳にこの爆発頭を映している。

「ジャ、ジャブラ……」
「ギャーッハッハッハ!ひでェ頭だなァ、オイ!」

 ジャブラは開口一番に声を上げて笑った。皮肉なことに指をさす彼の頭はうらやましいくらいのストレートで、艶のある髪が笑う度にサラサラと揺れる。しかし、その間も馬鹿にしたような笑いは続いて「仕方ないじゃない、雨の湿気でこうなるの!!」と返したものの、笑いの沸点が低いジャブラにとっては笑いを煽るだけであった。

「雨の…っあ、雨の湿気でそうなんのか…ッ!ヒーッ、カリファとは大違いだな!ギャーッハッハッハ!」

 ヒイヒイと腹を押さえながら、地面に笑い転げるばかりで話にならない。
 私よりもうんと年上の癖になんて男だ。こんなんだから四十手前になっても意中の人を射止める事が出来ないのだ。ぐつぐつと腹の中が煮えくり返るような感覚にひっくり返って笑うジャブラを見る。しかし先のとおり笑い転げるジャブラの髪はサラサラで、試しに髪の一部を掬いとってみたものの指通りの良いそれは指の合間をするりと抜けて、逃げていく。ああ、なんてうらやましい髪だ。

「……はぁ……絶対私の方がヘアケア頑張ってるのに……」
「あぁ?遺伝見たいなもんだろ、遺伝」
「……遺伝とか言われたら一生サラツヤにならないじゃない!」
「おう、諦めろ。お前は一生その爆発頭だ」
「キイ!」

 なんて腹立たしい男だ!ノンデリカシーめ!思い返せばジャブラはいつだって、こうやってデリカシーもなく馬鹿にするような男だった。猿のような声を出して、顔を真っ赤にして怒り飛び掛かったものの、背の高いジャブラは腕も長い。よって頭を掴まれると簡単にそれも抑え込まれてしまって、両手を伸ばしても虚しく空を切るだけ。それでも押し返されるたびに無鉄砲に突撃をしていれば、数度目には足が浮き上がって、自分の足の下にある幅広の革靴を見て顔を上げた。

「あ、カク」
「こら、脱衣所で何をしとるんじゃお前たち」

 猫みたいに、わきの下に手をやって体を持ち上げたのはカクであった。向けられた眼差しはどこか呆れており、「またジャブラに何か言われたのか?」と尋ねる割に答えがイエスであることを知っているらしい。まだ答えを返していないというのに、カクはジャブラを諫めた。

「ジャブラ、お前もアネッタを揶揄うんじゃない」
「ギャハハ…!別にからかってねぇよ、おれァ見たままを言ったまでだ!」
「な、ぁ…?!ジャブラがわたしの髪を笑ったんじゃない!」
「どうどう、…ジャブラ、先も言った通り火に油を注ぐのはやめんか」

 長い付き合いのカクからしたら、雨の日に髪が爆発することも、ジャブラと言い合うこともいつもの事なのだろう。私がカクカクシカジカと事情を話しても呆れが増すだけで、ようやく下ろされたと思ったら喧嘩防止に手首が掴まれて、しっかりと手綱を握られてしまった。
 私は抵抗も見せず、ぽつりと呟く。

「……ねぇ、カク」
「うん?」
「カクも私の髪……変だって思う?」

 いや、誰がどう見たって、いまの私の髪は変だ。爆発してるし、もさもさだし。つやつやのさらさらでもない。けれど、何故だか分からないけれど、幼馴染の彼までも変だと思っていたら嫌だなぁと……そう思ったのだ。

「髪?」

 尋ねると、カクはどんぐり目をしぱしぱと瞬かせたあと大きく息を吐き出す。手首にあった手は離れて、もさもさの髪を撫でる彼は「確かに今日は一段と爆発しとるのう」と笑うものの、その言葉はどこか穏やかだ。彼は髪の毛を掬って王子よろしくキスを一つして、ついでに頬に手を滑らせて目元にもキスを贈る。それが何故だか分からないけれど、酷く安心をしてしまいくすぐったそうに笑うと、カクはそれにつられるように笑って言葉を続けた。

「いいか?ワシャお前の髪が変じゃとは思っとらんし、そもそも二十年近く一緒にいて髪が変だと言った事は無い筈じゃぞ?」
「うん……」
「それに、このもふもふだって犬みたいじゃと思っとるぞ」
「え?」

 プードルとか、そういうやつ。
 その瞬間、ほんの一瞬だけ、時が止まる。

「い……ぬ……?」

 予想外な評価に零れ落ちた言葉は、なんとも間抜けなものだったように思う。
 そしてそれを打ち破るように後ろで笑い転げていたジャブラが、第二波到来とばかりに「ぎゃーはっはっは!カクゥ!お前最高だなァ!!!」と笑い声を響かせて、カクがびくりと肩を揺らした。どうして笑うのか、分かっていないようだ。

「な、なんじゃジャブラの奴…」
「……」
「……うん?どうした急に静かになって」
「……カク」
「なんじゃ?」
「……いま、すごーく遠回しにけなしてる?」

 思わず低くなる声。
 その言葉にカクは驚いたような顔をしたあと、心外だって顔で声を上げた。

「けな…っ?!なんでそうなるんじゃ!褒めとるじゃろう!」
「どこがよ!い、犬って……!」
「犬は褒め言葉じゃ!」
「聞いたことないですけど?!カクだってふわふわ髪だった時にわぁ~犬みた~いって言われたら嬉しかったわけ?!」
「いや、わしは嬉しくないが」
「な、ぁ?!」

 そりゃあ、いま私の髪は馬鹿みたいに爆発している。少なからず、こんな状況で色気や可愛さはないと思う。だが、それにしたって犬と評するのはあんまりじゃないか。よりにも髪のことを肯定し続けてくれていたカクの評価がそれだと思うと、なんだか無性に虚しくなってしまってカクの手を払った言葉は存外冷たく響いた。

「……、……カクの馬鹿」

 そう呟くと同時に、カクの目がぎょっと大きく見開く。私がほろほろと涙を零し始めたからだ。普段は狼狽えることなんてないくせに、目の前にいるカクが分かりやすく動揺を見せてこれまで笑っていたジャブラが「ギャハハ、泣かせんなよカク!」と揶揄う。カクはそれに「煩い!」と声を荒げることで遮っていたものの……私に対しては動揺してばかりだ。

「ど、え、な、なぜ泣くんじゃ…」
 そう尋ねる彼の言葉は露骨につっかえていた。
「…っ、…だって、…っカクも、ジャブラみたいに…馬鹿にするから……」
「は?」
「だって、犬みたいって……っひ、…ば、ばかに」
「…っ馬鹿になぞしておらん!」
「馬鹿にした!自分は言われたら嬉しくないっていったじゃない!」
「っじゃから!それは、……ッ、~~~~ッ犬みたいに可愛いと言っとるんじゃろうが!!」

 啖呵切ったような、切羽詰まった声。
 そこで私たちの言葉が途切れる。てっきり聞き間違えかと思ったのだ。

「可愛い…?」

 なんせカクは、私に対して可愛いとは言わない。そりゃあ自分から可愛い?と聞けば、可愛いと肯定してくれるけれど、それらは全て言葉を強請った結果だ。だから今まで自発的に向けられなかった言葉がどうにも信じられずに聞き返すと、彼は口をへの字に噤んだあと、帽子のツバを下げる。

「だ、…だから、その……犬みたいで可愛いと……思っとる……」

その言葉は、普段よりもずっと歯切れの悪いものであった。

「ほあ…………」
「…………」
「………本当?」

 試しに聞いてみたものの、ちらりと見上げた彼の耳は疑いようもないくらいに真っ赤だった。なんだかそれがやけに嬉しくて、もう一度言葉を強請って袖を引いたがカクは私の視線から逃れるように顔を反らすと、「物分かりが悪い奴め」と小さく悪態をつき、あれだけ小馬鹿にしていたジャブラが興ざめしたように「はーあ、アホくせ。」と呟いた。