生誕祭

 プロポーズの一件から一カ月が経った。その間、カクと仲直りしたかと言うと答えはNOで、それどころか多忙にかまけて会話は無し。今まで二十年間も一緒にいて、喧嘩だって沢山したはずなのに、今までどうやって仲直りをしてきたかちっとも思い出せない。

 天竜人・チャルロス聖の生誕を祝うため、世界貴族や王族たちが集まったパーティに護衛として派遣された私は、パンゲア城内の社交広場に立っていた。多くの世界貴族や王族が参加するとだけあって、社交広場にはカクの姿もあったが、彼は私に話しかけてくることはなかったし、私と目が合ってもすぐに目を逸らす始末。
 それがあの日の答えなのかと思うと、酷く悲しかったが、私から離れたのだ。私が文句を言う筋合いはないし、何よりいまは任務が最優先。ドッドッドと動揺で弾む心臓を落ち着かせるよう深呼吸をしてから笑みを浮かべると、今日の護衛先であるドンキホーテ・ミョスガルド聖の元へと向かって挨拶を交わした。


「ドンキホーテ・ミョスガルド聖。本日護衛を務めさせて頂きます、CP0のアネッタと申します。」
「あぁ……」


相手は天竜人だ。失礼のないように、いつもよりも十分に注意して挨拶をしたつもりだったが、予想に反して相手の反応は薄かった。何か不手際があったのかと思ったが、ミョスガルド聖の表情は曇っていて、しばらく言葉に詰まっているようだった。そして、「……すまない、今日はよろしく頼む」と口にすると、「ただ、私は天竜人の中でも変わり者と言われている。だから、私の隣にいることで君に迷惑をかけるかもしれない」と付け加えて頭を下げた。


「え?あ、そ、そんな頭を上げてください」
「しかし……」
「私たちの任務はミョスガルド聖の護衛です。我々に対し、そのようなことを気にする必要はありません。」
「……」
「ただ、……あの、……お優しいお言葉を、有難うございます」
「え?」
「だって、浮かない顔をされていたのも、こうして口に出してくださったのも、自分起因の被害を考えて下さったからでしょう?お優しいじゃないですか」


 天竜人には逆らうなというのはあまりにも知られた言葉だが、彼は他の天竜人とは違って随分と雰囲気が違う。だから、そんな彼を見て思わず口をついて出てしまった言葉ではあるが、ミョスガルド聖は目をぱちぱちと瞬かせたかと思うと、少しばかり気恥ずかしそうに笑い、「そういって貰えると、私も変われたのだなと少し誇らしいよ」と零した。
 ドンキホーテ・ミョスガルド聖。確か事前に見た資料では、チャルロス聖をはじめとした天竜人と何ら変わらない傲慢ちきな性格だったようだが、故オトヒメ王妃の一件から人が変わったように改心し、今では天竜人でありながら奴隷を持たない変わり者と言われている。と書かれていたが、想像以上に穏やかな人物らしい。紡ぐ言葉は穏やかで、向ける彼の視線は対等だ。


「……CP0には君のような者もいるのだな」
「え?」
「いや、なに、……CP0とは感情の無い者ばかりなのかと思っていたんだ」
「ふふ、……私たちもまた人間ですから」
「…はは、それもそうか。それじゃあ今日の護衛、よろしく頼む」
「はいっ!」


 和やかな人には和やかな人が集まるもので、彼の周りにはアラバスタ王国やリュウグウ王国などの王族が自然と集まっていた。てっきり護衛任務と言うからトラブルの一つや二つもあるかと思ったが、意外にも平和に時間が過ぎてゆき、ちらりと他の仲間たちにも視線を向けると彼らもそれなりに肩の力を抜いているようだ。特にジャブラは厳かな様子で口は噤んだままだったが、私と目が合うや否や片目をぱちりと閉じる大サービスを放つので、思わず私は肩を震わせてしまった。

 それから幾ばくもなく、複数のウェイターがワイングラスを並べたワイントレーを持って、王族たちに向けて「これから乾杯が行われます」と説明をしながらワイングラスを配り歩きはじめた。

王族や天竜人たちに配り終えたあとには、私や護衛任務に携わる者にまでワイングラスを配り、まさか私たちにまで配られるとは思わなかったが、ワイングラスにはすでに白ワインが注がれており、グラスの脚を持ってゆらりと円を描くようにスワリングさせるとフルーティな香りが立ち、鼻を擽った。


 そうして全員に配られた頃。正面のステージにチャルロス聖が立つと「えぇ~皆の者、ワインは受け取ったえ~~?」と言いながら確認をするので、私たちは揃ってワイングラスを掲げる。まるでチャルロス聖に誓いでも捧げているようだと思ったが、チャルロス聖はどこか満足げにニタリと笑うと、えへんと咳ばらいをして我々を見渡した。


「今回はわちしの生誕祭ということで、面白いものを用意したんだえ~。それでは今日は楽しむえ~、乾杯だえ~~。」

 チャルロス聖の声に合わせ、その場にいる一同はよりワインを高く掲げて「乾杯!」と声を上げる。
 さてはて。ワインを口にした者たちは、みな少しばかり驚きを滲ませた様子で「こんなワインは飲んだことがない。なんと美味なんだ」と口々に言っているが、本当に護衛までも飲んで良いものか。だってそうだろう。護衛までお酒を飲んで酔ってしまったらどうするのだ。

 ただ、ちらりと同僚達に目を向けるとみんな涼しい顔で飲んでいるので、まぁ、そういうことなのだろう。
 まぁ、確かにチャルロス聖が”わざわざ”王族も世界貴族も、護衛も関係なく出したのだ。飲まないと逆に不敬に当たるか。
 そうこうしている間にも、人の良いミョスガルド聖が、今だワインに口をつけていない私を見て、ワイングラスを手に「アネッタ君、乾杯」と声を掛けてくれた。恐らくは、上の者が許可をしないと飲めないとでも思ったのだろう。全く、良い人だ。私は彼のご厚意にも甘え、ワイングラスを軽く掲げて、「…乾杯です」と言葉を返せば、グラスに口を寄せて一口喉に流し込んだ。

「あ、美味し」

 そうして黄金色の白ワインが舌の上を滑り、喉へと落ちて甘く柔らかい味を認識した次の瞬間。ごぽ、と胃を逆流してきたように大量の血が口の中から溢れた。あまりに唐突な出来事に、自分でも何が何だかわからずに手元を見ると、せっかくCP0になって新調したばかりの布手袋が真っ赤に染まっているではないか。


 あれ、なんだこれ。

「アネッタ君!!」

 ミョスガルド聖が手にしていたワイングラスを落とし、声を上げる。ただ、一体これが何なのか分からない以上、護衛主のミョスガルド聖を近付けるわけにはいかず、「さが、……っで、くだ…ざ……ッ」と言葉を返したが、現実は綺麗ごとだけでは済まなかった。直後、のたうちまわりたくなるような熱が全身を襲い、私は絶叫した。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あああッッ!!!」

 痛い。

 熱い。


 竜の暴走熱なんか比にならない、口から火を吹きそうなほどの爆発的な熱は、焼けるような痛みとなって全身を突いて、咄嗟に膝をついたが、触れた部分からも激痛が走る。まるで、全身を火あぶりにされているかのような。
 痛い、怖い、――死にたくない。そんな短い単語しか考えられなくなるほどの激痛は続き、私は血濡れの手で顔を覆ったが、目は危険信号を出すようにチカチカと点滅を繰り返す。焼けるような痛みは視界を奪い、そんな状況で目を覆ったところで痛みがどうにかなる筈もなく、激痛に絶叫を重ねると、胃がびくびくと跳ねるように拒絶反応を示して鉄の味が競りあがってきたかと思うと、びちゃびちゃと音を立てて芝生の上に吐き出されていく。

「アネ――ッアネッタ!!」


 遠くの方で、私を化け物だなんだとなじる声に混じって、彼の声が聞こえる。

 しかし焼けるように痛む目はもう開くことも叶わず、音だけを頼りに其方へと向いた私は本能的に謝らないと、とそう思って絶叫を重ねたことで掠れた声で謝罪を零したが、口から零れた言葉は「ご、ぇん…え」という単語以下の音だったので、彼に届いたとて理解してもらえないかもしれない。

 焼けるような激痛は続く中、見えぬ彼を想う。

 私の声、ちゃんと届いたかな。

 ……せめて彼が怒っていないといいんだけれど。そんなことを思いながら、海の底へと引きずり込まれるように遠くなっていく意識に抗えない私は、ゆっくりと瞼を閉じる。意識を手放す寸前、パキン、と首輪が割れた音だけがやけに大きく耳に響いた。