彼が指ハートをするから

幼馴染の彼は、モテる方だと思う。
世界政府御用達の巨大造船会社に在籍し、その中でも最も難しい仕事を引き受けるといわれる一番ドックで大工職職長を務めているし、性格も気さくで優しいともっぱらの噂だ。だから、そんな彼がモテるのも頷けるのだが、黄色い声援を受けてにこりと愛想よく笑みを浮かべるだけではなく、片目をぱちんと瞑ってからの指ハートを贈る彼は非常にたらしだと思う。
とはいえ、文句を言おうにもそれを教え込んだのは、他でもない自分なのだから、女性人気が加速していても見て見ぬふりをする事しか出来ないのが苦しいところで。

「アイツモテてんなぁ」

今日も今日とて屋根を蹴って上空を飛ぶ山嵐を見上げると、子どもたちの喜ぶ声と、女性たちの黄色い声援が響き、共に作業をしていたパウリーが葉巻を嚙みながら苦笑を零す。

「……指ハートするようになってから、さらに女の子人気が増えてるんだよ。」
「あぁ、あの指でするやつか?」
「そうそう」

確かこういう奴。って親指と人差し指を交差させるパウリーに若干癒されながらも、やはり心に陰るようなもやつきは拭えずに、ゆっくりと息を吐き出せば目の前で指ハートする彼に「かわいいねぇ」と茶化せば、目論見通り顔を真っ赤にして否定するパウリー。うんうん、なんて可愛げがあるんだろう。

「……よし、じゃあおれはこのままアイスバーグさんに報告に行ってくる。お前もこのままガレーラに戻って、タイルストンに報告してくれ」
「あいあいさー」

計測と撤収を終えて不要になった縄を彼に返して撤収指示を受けた私は、適当に手のひらを額にやって敬礼。パウリーは大丈夫かって顔をしていたが、今回の計測は割と重要視されていたものだったこともあり、パウリーはそのまま水路に停めていたヤガラブルに乗り込むとアイスバーグさんが仕事をしている拠点へと向かった。
一人残されて、飲み込んだはずのもやもやが吐息となって零れ落ちる。あーあ、なんでカク一人にこんな感情を引きずられているのだろう。ちぇ。足元に落ちていた石を蹴れば、ころんころんと何度も転がってぽちゃんと音を立てて水路に落ちて、沈んでゆく。
 女性の悲鳴が聞こえたのは、そんな憂鬱な帰り道のことだった。おそらくは何か窃盗だとか、そういうトラブルの類だろう。私は視線を上げて悲鳴がした方向へと向かうと、どこぞの海賊が女に手を出そうとしたようなのだが、私よりも先に到着したらしいカクが悲鳴を上げた女性を守るように後ろに立たせていた。
しかし状況を見るに瞬殺だったのだろう。頬を腫らせた海賊はひい、と情けない声を上げて此方へと向かってくるので、水路側へと避けて、代わりに先頭を走る男の足を引っかけてやれば、先頭の男が倒れ、その後ろの男たちも前を倒れる男につまずいてドミノ倒しになって倒れていく。
こうして海賊たちは無事、全員お縄についたわけだが、海賊の一人が持っている女性の鞄を見つけた私はそれを取り上げて、彼女とカクの元へと歩み寄ったのだが、カクに守られた女性はこちらには目もくれずに目をハートにして、カクを見つめている。ああ、多分、ひとめぼれってこういう感じなんだろうな。うん。全然私のことなんか見えちゃいない。

「おお、助かったぞ」
「いえいえ。カク、この鞄彼女に渡してあげて」

なんて虚しいのだろう。助けたのはカクだけじゃないのに、彼女はカクしか見ていない。彼女の世界に入ることすら許されない私は、虚しく息を吐き出して、カクに彼女の鞄を託すと返事も待たずに踵を返して、その場を後に歩き出した。
これも彼がモテるからなんだろう。そりゃあ襲われそうなときに自分を守る人が現れたら胸をときめかせてしまうのも、無理はない。そう自分の中はやけに考えが巡るが、冷静に飲み込むほど大人になりきれない私は、彼が見えなくなるほど通路を進んだ先で、本日何度目かの溜息を吐き出した。

「〇〇!」

カクが早足で近付いてくる。腕を掴まれてぐいと引っ張られると私は体勢を崩しかけたが、足に力を込めてなんとか体制を崩さずに、じろりと彼を見る。

「……何よ、あの子はいいの?」
「?なんであの人の話になるんじゃ。…というか、何をそんな不機嫌になっとるんじゃ。」
「あの子、カクの事好きそうだったから」

二つ投げられた質問のうち、一つだけを返すと、私が立ち去ってから何か進展があったのか、カクは少し困ったような表情を浮かべて言葉を濁らせた。

「それは、別に今はいいじゃろう。それにより、どうしたんじゃ」
「何が」
「何がって不機嫌じゃろう」
「別に不機嫌じゃないもん」
「いいや不機嫌じゃ、…おぬしの事を、わしが見逃すと思っとるのか?」

そう言ってカクは掴んだわしの腕に力を込める。ああ、まずいぞ。こうなったら私が話さないことには解放してくれないことも、いまの彼は少々不機嫌さが混じりはじめたことも幼馴染の私は知っている。

「………、…あのさぁ、この間教えた指ハートなんだけど…」
「うん?あぁ、ありがとうって意味の奴じゃろう。あれを使うようになってから返ってくる反応が良くなったのう」

あぁ、そういう風に教えましたっけ。教えたの、酔っぱらってた時でしたものね、なんてことするんですか昔の私。これを聞いてしまったらやはり私から不満を伝えるというのはあまりにも自分勝手ではないか。しかし頑固モードに入った彼は押し黙る私を見るだけで離してはくれないので、私はたっぷりと長い、長い間を作った。

「………、……………、………あれ、やめた方がいいんじゃない?」

これが精いっぱいだった。カクは訳がわからないって顔をしていたが、私の顔をマジマジと見つめて熟考するように長い長い間をひらくと

「ははーん、……やきもちか?」

と笑った。
ふーん、へー、ほー?ってばかりに口角を上げるカクが妙に腹立たしくて、私は、「そ、う、か、も、ね!」 と無駄にスタッカート効かせながら彼の大きな背中に一発平手打ちすれば、「何をするんじゃあ!」と声を上げる彼をおいて歩きはじめた。

その後、指ハートの本当の意味を教えて、はちゃめちゃに怒られたのは割りと言うまでもない。