スラム街の商人

 密売リストを入手するために向かったスラム街で絡んできたチンピラ共と遊んで山を積む中、状況を見ていないのか、はたまたこういった光景には慣れているのか、一人の婆さんがわしらに向けて「へぇ、お強いお兄さん方。うちで何か買っていかないかい」と目の前にある店から声を掛けてきた。ただ、店といってもスラム街にある店だなんて木箱に商品を並べて置いただけの簡素なもので、床にあぐらをかいて座った婆さんは此方へとちょいちょいと手招きをするので、「今日はどれぐらい詰みあがるかなぁ~」なんて声を弾ませる〇〇に残りの処理を任せて、わしとジャブラで店前へと近寄った。

「こんなスラム街で何を売ってるっていうんだ?薬か?」
「ひひ、ここに売っているのは竜関連の代物さ。」
「竜……?」
「あぁそうさ、アンタは若いから知らないかねぇ。随分と昔に竜人族という一族がおって、もう滅びてしまったが彼らが好むもの、彼らの残したものを取り扱っているんだ」

 わしはジャブラと一度顔を見合わせたのち、口角を吊り上げて人懐っこい笑みを婆さんに向けると、「ほう、興味があるのう!わしゃオカルト好きなんじゃが例えばどういうものがあるんじゃ」と木箱の前で膝を曲げてしゃがんで問いかけると、こういった客は珍しいのか婆さんは機嫌よく笑って、わしらの前にいくつかの商品を押した。

「例えば…ああ、ほらこれは竜人族の角じゃ。比較的新しいものでのう…本物はもっと大きい角じゃったらしいが。」

 婆さんが説明を加えたのは、浅縹色で円錐の形をしたもので試しに手にとってみたが、それは親指程のサイズしかなく、円錐の頂点も少し削れたように丸みを帯びている。
 手のひらでころりと転がるものを見たジャブラは「おいおい、婆さんこれが本当に角かよ?随分と小せえなぁ」と零すと、婆さんは憤慨したように「こりゃ、何を言うか!これはおそらく竜人族の子供の角じゃな。恐らく生え代わりの際に抜けたものじゃろう」と言葉を返した。

「あながち偽物とは言えんかもしれんな。…これは、〇〇のじゃ」
「あぁ?なんでわかるんだよ。」
「……逆にわしが分からんとでも?」

 婆さんに聞こえないように小さく零した言葉に、ジャブラが思い切り顔を顰めた。

「のう、この商品は婆さんが集めたものなのか?」
「いいや、これらは随分と前に売ってもらったものなのさ」
「誰から?」
「随分と気に入ったみたいだねぇ。」
「わはは、こんなもの初めてお目にしたからのう!これは勿論買うとして…ほかにはどんなものがあるんじゃ?」

 おっと、これ以上の探りは怪しいか。わしは婆さんの問いかけに探りを一旦取りやめて、金を見せつけてから他の商品を見せてほしいと交渉すると一瞬婆さんの表情が緩んだ。
 それからまた機嫌よく目を線にしてにっこりと笑うと、竜人族の脱皮だの、鱗だのを紹介してきたが、どれも角とは比べ物にならないほど状態が悪い。それでも情報を聞き出すために婆さんの説明に愛想よく話を聞いていると、婆さんは思い出したように「…あぁ、あとは竜のお香なんかもあるのう。」と呟いて、懐から小さな小壺を取り出して蓋を開いた。中には塗香なのか粉末状の粉が入っており、開いた途端に甘い沈香の香りが立って鼻を擽った。

「お香ってのは棒状のものじゃねぇのか?」
「これは塗香といって手の甲とか肌に塗るもんさ。とはいってもアンタたちはお香ってタイプじゃないかねぇ……あぁ、あのお嬢さんなんかいいじゃないか。おおい、お嬢さん、こっちに来ておくれよ」

 そういって婆さんは、わしらの背後で気絶したチンピラたちの山の上に座る〇〇の姿を見るとにっこりと笑って手招きをした。竜人族オタクともいえる婆さんに彼女を見せたら面倒な事になりそうだが、丁度彼女はスラム街での悪目立ち防止のためにフード付きの外套を羽織っていたので角は見えない筈で、〇〇はぴょんと山から下りるとわしとジャブラの間を割り込むようにして入ってくれば、そのままわしらと同じようにしゃがんでジャブラ、わし、婆さんの順番で視線を動かした。

「どうしたの?」
「かわいいお嬢ちゃん、このお香を試してみないかい」
「お香?」
「塗香という肌に塗るタイプなんじゃが、わしらはつけるタイプじゃないからのう。」
「別にいいけど、というか二人がなんでお香の説明を聞いてるの……?」

 竜人族絡みの製品であることを説明していないせいで、妙な疑いを持たれたような気がするが、〇〇は外套の裾を引いて婆さんの前に手を出すと、婆さんは小壺から粉末を掬って差し出された手の甲に少し乗せるとそのまま肌になじませるように人差し指と中指でゆるりと撫でてゆく。

「……あれ?」

 そんな言葉が〇〇が零れたのは、婆さんが塗香を塗り終えたあとのこと。とすん、と小さな音を立てて後ろに尻もちをついた〇〇がジャブラの方へと体を預けるようにして力なく倒れた。ジャブラがその体を支えながら「ッおい、〇〇、どうした!」と声を荒げたが反応は返ってこずに、それから婆さんをきつく睨みつけた。

「おい、お前何しやがった」
「わ、わたしはただ塗っただけさね!!アンタたちも見ただろう!!」

 助けを求めるように気さくな反応を見せていたわしに視線を向けたが、よほど怖い顔をしとったようで、婆さんはわしの顔を見るなり「ヒイッ」と小さく声を上げた。ちらりと視線を〇〇に向けると目は開いているし息もしている。ただ此方の声が入っていないようにぽーっと熱に浮かされたような表情でぼんやりとして、ジャブラが声をかけても反応が返ってこずに首がだらんと前に垂れた。

「………この効果は?」
「こ、効果はただの癒しとか、安眠とか、そういうものさ」
「………もう一度聞く、この効果は?」

 わしはジャブラに目配せをすると、ジャブラはくったりと凭れかかる〇〇のフードを脱がせてやると婆さんの目が明らかに見開かれた。成程、反応を見るに〇〇が竜人族と分かっての行為ではないらしい。 まぁ目撃したからにはただで帰してやるわけにはいかないのだが。

「りゅ、竜人族………?!」
「驚愕は後にしてくれんか、聞いとるのはわしらの方じゃ。」
「こ、この竜の香は普通の人間に対してはいま言ったような効果だが…」
「だが?」
「わ、わたしも詳しくは知らないが、たしか……竜人族は泥酔させたように意識を飛ばして、操ると。」
「では死ぬようなことはないと?」
「あ、あぁそう聞いているよ」
「………そうか、それじゃあ今日限りで此処は店じまいをしてもらおうかのう。」

 幸いなことに、〇〇はエニエスロビーへと戻りベッドに寝かせたところで目を覚ました。本人は呑気なもので大きく口を開いて大欠伸をして、「なんかよく寝たなぁ」と言っていたが、どうやら記憶障害が起きているのか手に粉を塗られたことも、その後すぐに気を失った事も全く覚えていなかった。


「………とりあえず無事で良かったわい。」


 馬鹿みたいに波打っていた心臓が、目を覚ました彼女の姿を見て段々と落ち着いてくるのがよく分かる。ああ、本当に彼女が起きて良かった。仏になるのは婆さんだけで良いのだ。ポケットに忍ばせた未提出の袋の事を考えながらも、不思議そうに顔を覗き込んでくる彼女の体に凭れかかるようにして抱き着くと、彼女はわしがふざけているとでも思ったのか「んわああ、何よーー、重いってばぁ!」とけらけらと笑いながら後ろに倒れてわしの体をぎゅうっと強く抱きしめた。