わしを見ない彼女

ここ最近、アネッタの様子がおかしい。

ウォーターセブンにやってきて一年と少し。普段はこちらが誘わずとも仮住まいの部屋に遊びに来るというのに、ここ最近は部屋に遊びに来る事もなく、食事も別。それどころか隣に住んでいるというのに出社・帰社までもが別で、仕事でもパウリーとつるむようになっていた。
何かしてしまっただろうかと原因を考えてみたものの、最後に家で食事をした時はとても機嫌がよさそうだったし、何よりもこんな状況下ではあったが、話しかけると普通に話し返してくれるあたり、特に怒っているというわけではないようだ。

それこそ、ただ、興味の方向がパウリーに向いたかのような。

気付けば今日はクリスマス。いつもであれば任務だ雑務だと慌ただしい今日も、ガレーラカンパニーの社員になった今はただの休日で、出来れば今日は一緒に過ごせたらと意を決して隣の部屋に住むアネッタの部屋の前に向かったのだが、そこで思いもよらない出来事が起きた。アネッタの部屋から、パウリーが出てきたのだ。それも、昨日着ていた服のままで。

パウリーはわしの姿に気付くとぎくりとした顔を見せる。それから、「お、……っと、よォカク。早いな」と挨拶を零すが、その表情に焦りが滲んでいると分かったのは、わしが察しの良い諜報員だからか、それともこの男が特別分かりやすい奴だからか。
わしは瞳を細めるようにしてにっこりと笑みを返す。

「ああ、おはよう。……それよりも、何故パウリーがアネッタの部屋におるんじゃ?」
「え?あぁ、いや……あー…っと、忘れ物を届けに?」
「忘れ物……ふむ、忘れ物にしてはおかしいのう。だってその服、昨日と同じじゃろう」
「……っよく見てんな。兎に角別になんでもねーよ、気になるならアイツに聞いたらどうだよ」

パウリーは眉間に皺を寄せて焦りを滲ませたまま零す。それから、咥えた葉巻を押しつぶすように噛みながら小さく息を吐き出すと、「じゃあな」と言ってそのまま踵を返すので、残されたわしは「言われるまでもないわい」そう言いながらアネッタの家の扉を叩いた。

どんどんどん。叩いた音はいつもよりも乱暴だったかもしれない。
しかし、アネッタからすればパウリーが戻ってきたとでも思ったのだろう、「パウリー?何か忘れ物?」と言いながら扉が開くので、そのタイミングで此方からもドアノブを引くと、わしの姿を見て困惑するアネッタが目に映る。

ああ、わしとは思いもしていなかったようなその目が腹立たしい。

それを横目に室内へと足を進めると、普段は特に何も言わずに迎えてくれるアネッタが露骨に焦りを滲ませながら、両手を広げてゆく手を阻む。

「わ、え、カク?な、ど、え、どうしたの?」

そんな動揺しきった言葉を添えて。

「…………わしが入ってはいかんと?」

静かに問いかける。しかしどうにも彼女から見たわしは余程”怖い顔”をしていたようで、アネッタは瞳を揺らすと「え、あ、いや、そういうわけじゃないんだけど、ええっと、いま散らかってるから」と言葉を濁らせながら言う。

「……パウリーとおったようじゃな」
「え、なんで知って―――」

その瞬間、アネッタの言葉が途切れて下へと落ちる。

それはわしが彼女の体へと身を寄せて、彼女を壁際へと押しつけたからだ。壁は当然ただの板張り。それゆえ押し付けた際に多少の痛みはあったようで、アネッタが表情を歪ませたが構うものか。わしはそのまま彼女の前へと経ち、掴んだ手首を壁に縫い付けるように押さえつけると、アネッタは「カク、…な、何、なに怒ってんの…?」と困惑と多少の恐怖感を滲ませながらわしを見上げた。

「……パウリーに絆されたか」
「絆されたってどういう…」

アネッタがわし相手に惚けている。それがまたいやに腹立たしくて、――つい、無意識に縫い付けるように押さえつけていた手に”多少”力が籠ってしまっていたらしい。目の前のアネッタの顔が、ぐっと歪んで痛みを訴えた。

「…っぅ……」
「パウリーと何をしておった」
「何、って……」
「まさか諜報員とあろうものが逢引きとは言わんじゃろうな」
「ねぇ、待って、本当に何言って……」

此処まで言ってもアネッタは真実を言わなかった。違うのならば違う、合っているのであれば合っていると言えば済むだけの話なのに、何故言葉を濁らせるのか。そのアネッタの行動も選択も、それから把握しきれない感覚も酷く不愉快で、握っていた手を離したわしは「部屋を見れば分かることじゃな」そう言ってアネッタが返答を返す前にリビングへと体を向けると、アネッタの手がわしの手を掴む。まるで、リビングに見られてはいけない何かがあるように。

「やだ、カク、そっちはいかないで」
「…………あっちじゃな」

言って、わしはアネッタの手を振り払う。そうしてアネッタの制止も振り切って廊下を通り、リビングへと入ったわしは、いつもと変わらぬ――いや、少しばかり散らかった部屋を見て目を瞬く事になった。部屋の中央にある丸テーブルの上に、両手に収まるほどの船が鎮座していたのだ。
その船は、わしへの贈り物だとすぐに分かった。なんせその船は、わしが幼い頃に持っていた船の模型と瓜二つだったからだ。青と白のストライプ柄の4つの帆に、赤いライン、ああ、これはあのグアンハオにいた頃に大切に持っていた、あの船だ。

「これは……」

後ろの方から「ああー……もう、サンタさんからのプレゼントってことにしようと思ってたのに」と頭を抱えるような声が聞こえる。その瞬間、すべてが勘違いだと理解したわしは、罪悪感なんかよりも先に力が抜けてしまって、そのまま近くにあった椅子に腰を下ろした。

「あれを………作っておったのか。」

わしは船の模型を見てひとりごとのように呟く。

「そ。昔さ、カクが持ってる船の模型……私が落として壊しちゃったことあったでしょ?それがずーっと胸に残っててさぁ…勿論探したけどすでに廃盤で手に入らなかったから、それならいっそのこと設計から頑張って作ろうって思ったんだけど、私不器用じゃない?当然一人じゃできないからパウリーに手伝ってもらってたの」
「………」
「……ちょっと、感想くらい言いなさいよ」
「……ありがとう。……すまんかった、勘違いした。」

恐らく、茫然自失とはこういう状態のことを言うのだと思う。
アネッタが座るわしの前に立ち「それだけ?」なんて感想を強請るので、彼女の手を引いて、それこそ甘えるように己の膝の上に招いてから、「サンタからのプレゼントなのに、感想を強請るのか」と問いかけた。
「そりゃあもう、すーっごい勘違いされたもん。」

あー、いたかったなぁ。頭もぶつけちゃったなぁ。それから手首も痛かったなぁ。なんて白々しく言うアネッタ。こうすればわしが気にすると思っているのだ。……まぁ、大正解じゃが。

わしは彼女を己の膝の上に座らせたまま、共に船を見て思いつく限りの感想とねぎらいの言葉を述べた。凄い再現度だとか、以前持っていた模型よりもずっと完成度が高いだとか、ここまで作り上げたのは大変だっただろうだとか。その言葉を受けるアネッタは後ろから見ていても分かるぐらい嬉しそうで、自分で強請った癖に耳を真っ赤に染め上げるくらい照れていた。

それがいじらしいやら、愛しいやら。

つい、抱いた感情を表面だけで受け止めきれずに、腹に回した腕に力を籠めて肩口に顔を埋めると、アネッタはそれに少しばかり驚いたように肩を弾ませたが、特に嫌がる素振りも見せず、暫くわしの膝の上で足をぷらぷらと揺らした。

「…あのさ、カク。……もしかして、パウリーと何かあったって思ってた?」
「………」
「図星なわけね。……もー…パウリーはただの同僚だよ、なんでそんな勘違いしちゃうかなぁ」

というか、カクって時々こうやって嫉妬を爆発させる時があるね。そういってアネッタはわしの腕をぽすんと叩く。

「信用ないかなぁ、そんなに」

小さく紡がれた言葉は、どこか寂しげだ。
そもそもここまで露骨な嫉妬を見せれば普通は自身に好意を抱いていると気づいても良さそうなのに、それに気付かないのは、まるで自尊心が育たずに、いまだグアンハオに居た頃と同じように、自分のことを劣等生だと思い込んでいるからなのだろうか。

馬鹿な女だ。わしが他の女に”こんなこと”をするわけないだろうに、彼女は己の価値に気付いていないのだ。
彼女の手が離れたのを見て、まるで恋人がするようにもう一度彼女の体を抱きしめる。それから、そのまま肩に埋めた顔を摺り寄せたが、これがアピールであることも知らないアネッタは不思議そうにして「ふふ、甘えん坊」と笑うだけ。きっと、わしが抱き続けている気持ちなんか微塵も気付いちゃいないのだろう。

「私がカクを差し置いて誰かと付き合うわけないでしょ。」

それに、私が誰かと付き合うならカクが誰かと付き合って幸せになってからかなぁ。そうやってくすくすと笑う声は穏やかで、「じゃあわしがお前が好きだといったらどうするんじゃ」と問いかけると、「へ、ぇ?!」と間抜けな声を零すので、なんだか少しばかり気が紛れたような、そんな気がした。