特に関係性が変わる事無く月を跨ぎ、二学期の中間テストを終えた。返されたテストの点数は、普段よりも勉学に励んだお陰かすべての科目で点数が上がっており、この調子なら希望した大学もいけるかもしれない――と光明が差したのは、ほんの一瞬の事。妙に喜びきれなかったのは、大学受験もしないカクが、全ての項目において満点を取っていたからだと思う。
「……まぁまぁ、そう落ち込むんじゃない。お前にしては随分と点数が上がったとわしでも分かるぞ」
「そうだけどぉ……一項目もカクに勝てないなんて…!」
「それはまぁ、地頭の違いかのう」
「喧嘩売ってる?」
「わははっ、まぁなんにせよ賭けはわしの勝ちじゃ。今回もアイスを奢ってもらうぞ」
「ぐぬぬ……次回は絶対勝ってやるんだから……」
点数勝負を始めたのは、もう随分と前になるが悔しがるほど勝てた試しは無い。なんせ高校受験でも満点を取ってしまう男だ。悔しいが、彼の言うとおり地頭の良さが違う。よって悔しさ半分、諦め半分というところだが、こうも負けが続くと切ない。だから「ねぇ、私が勝ったらジャンボパフェにしない?」と言ったのは今後の試合に挑むための、いわゆるご褒美というものなのだが、カクはコンビニに並ぶ冷凍ケースに手を伸ばすと「狡い奴じゃのう、わしは二百円ぽっちのアイスじゃというのに、お前はジャンボパフェを選ぶんか」と言って、バナナチョコアイスを手に取った。
「だぁって、頭の良さが?ちがいますし?」
「お、今日は随分と根に持つのう」
「こりゃあ次回のご褒美がジャンボパフェじゃないと頑張れないかも…」
「まぁ、別にパフェにしてやってもいいが、……次回もわしが勝てばええ話じゃな」
「鬼か?」
くう、なんてやつだ。でも、幼い頃から彼の事はよく見ているだけに、どうやったって勝てるビジョンが思いつかない。
彼に勝てるものはなんだろうか。アネッタは暫く悩んだ末に、「可愛さは私が勝ってるよ」と言うと、「なーにを言っとるんじゃこのアホは」と言われたが、多分負けてはないと思う。……たぶん。
大丈夫、勝てるものはある。アネッタはそうやって自分を奮い立たせながらも、残りのお金で買えるだけのアイスを選んでいたのだが、どれもいいなと思えるものは百円ちょっとお高いものばかりで、結局悩みに悩んで選んだのは、なじみ深い、袋に入ったイチゴ味のかき氷だった。
八十六円のかき氷。そういえば、もっと小さいときにはこれが一番安いからって理由でこればっかり買っていたっけ。当時はもう少しだけ安い値段で、カクも同じように同じものを買ってはイチゴ味じゃなくてバナナ味がいいのう、なんて言っていたが、ついぞバナナ味が出ることはなく、代わりに二百円のバナナチョコアイスが買えるようになってしまった。まぁ、やっぱり私としてはかき氷のバナナ味が出てくれた方が安上がりなので嬉しいのだが、これはまた追々。
アネッタはカクからアイスを受け取って、自分の分と一緒にレジへと持って行く。それから手早く会計を済ませて外へと出ると、早速一つをカクに差し出すが、妙なタイミングで電話がかかってきてしまった。カクは少し面倒くさそうな顔をしたあと、息を落とす。
「すまん。先に食ってええぞ」
謝りながらも携帯片手にその場を離れるあたり、相手は友人などではなくスパンダム、あるいは政府の関係者だろう。当然それに対して文句はないのだが、一人で食べるのは寂しいというか、勿体なく思えて、ひとまず邪魔にならぬよう入り口の横で待ってみる。ただ、女子高生が入り口の前でひとりぼんやりとしているのは、暇人にでも見えるようで突然フッと陰に飲まれたように目の前が暗くなったと思い顔を上げると、目の前に立つ男がアネッタを見下ろして話かけてきた。
「ねぇ、お嬢ちゃん、暇してんの?一緒に遊ぼうか?」
胸へと向けられた視線に、謎の疑問形となった言葉。アネッタは一瞬言葉を詰まらせるが、こういった時は毅然とした態度で断った方が良いと聞いたことがある。よって、アネッタは背筋を伸ばし、はっきりと断ってみせた。
「いえ、人を待っているので」
「相手は友達?いいよ、二人でも。あ、なんならもう一人おれも呼ぶし」
しかし、男は引き下がらない。
それどころか、一人で勝手に納得しながら携帯を取り出す始末。いや、何もよくないし、そもそも友達は男だし。というか全くめげないな。アネッタは多少の面倒臭さを覚えて後ずさるが、そういえば此処は入り口の真横で、後ろは店舗なのだった。よって後ずさったところでガツッと踵が当たるのは店舗の外壁で、逃げられないことを良い事に身を寄せた男は、視線を胸に落とした後へらへらと笑いながら「ねぇ、どこ行く?」と遊ぶことが決定事項のように話してアネッタの手を掴んだ。
筈だった。しかし実際に伸ばした手は、空を掴む。彼女の体が強い勢いを持って揺れ動いたからだ。見れば、片手で耳に携帯を添える長躯の男が彼女の首に腕を回して抱き寄せている。
「あぁ……、そういうことか。じゃあ、土曜日は……」
電話は終わってないようだが、機嫌の悪い瞳は男を睨む。加えて、彼女の身を自分に寄せたまま、どっかいけとばかりに顎で指す様子は不快感が滲んでおり、そこでようやく彼女の言っていた友達がこの男であると合点がいったナンパ男は、最後に舌を打つと店にも入らず足早に去って行った。
「……ありがと……」
通話中のようなので、控えめに言って見上げて呟く。すると、男の背中を注視していたカクの瞳はフッと和らいで彼女を見るが、「あぁ、そうじゃな。あぁ、ではチビたちも」と通話の最中に向けられたウインクは少しばかり茶目っ気が強かったかもしれない。アネッタはそれがなんだかおかしくて、くすくすと小さく笑っていると、首に回された腕に少しだけ力が籠って携帯を耳から外したカクが耳元で囁いた。
「こら、お前の声が入ってしまうじゃろ。少し黙っておれ」
「ん…ふふ、はぁい」
そうして、暫くの間、彼の電話は続く。会話の中身を聞くに、今週の土曜日は何かあるのだろう。なんだろう。楽しいことだったらいいな。しかし、それよりもアイスが解けないか心配だ。アネッタは袋に入ったアイスを見ながらも待ち続けたが、彼の電話はしばらく続き、ようやく一緒に食べられたアイスは半分ジュースのようになっていた。