朝、共に登校して下駄箱に外履き靴を終い、内履きを床に落とすとそれに足を突っ込んではくあ、と欠伸を落とす。後は教室に向かうだけなのだが、何故か幼馴染がいつまで立っても内履きを履かずに自分の番号が振られた下駄箱の前で立ち尽くしている。何となく嫌な予感がして、そろりと背後に近づいて彼女の番号が割り振られた場所を覗くと、彼女の下駄箱の上に何か白いものが置かれているように見えた。
「なんじゃ、どうしたんだ?」
問いかけるとアネッタは肩をびくりと飛び跳ねさせて勢いよくわしの方へと振り返ったが、わしに見えないよう白いそれを後ろに隠してしまった。
「へ?!あ、な、なんでもないよ!」
「本当かのォ…。」
疑いを向けたわしは、とん、と彼女の顔横に手を付くとアネッタが息を呑むのを感じて、そのまま冗談半分で顔を近づけるとアネッタときたらぎゅっと強く瞼を閉じるので、少しばかり困ってしまった。別にキスを欲しがるようなそれではなく、困った結果目を瞑っただけだろうが、それがわしを煽るのだと知らないのだ。そのまま唇にほど近い吐息がかかるほどの距離で一度動きを止めた。
「…嫌がらんと、キスしてしまうぞ。」
「ううっ」
「わはは、どういう反応じゃ。」
「カクが意地悪言うから…」
恐る恐る片目を開いたアネッタは想像以上より近いわしの姿に猫のように体をびくりと飛び跳ねさせた。
それはもうとんでもない勢いで、背後の下駄箱に頭をぶつける勢いだったので、顔横についていた手のひらを滑り込ませて阻止してみたが、益々体は密着するわけでアネッタの体がぴしりと硬直したのが分かった。
「は、え、カク…っ」
今回の行動は悪戯でもなんでもなくアネッタが頭を打たぬよう、咄嗟の配慮だったのだが、耳元で聞こえる困惑100%の声が酷く愛おしい。
しかし、学校の下駄箱という場所でこの瞬間が長く続くはずもなく、それは直ぐに終わりがやってくる。
「あれ、おはよー…って、ご、ごめんタイミング間違えたよね…」
声をかけてきたのは同級生のコアラだ。わしたちの密着度合いを見て、何か勘違いをしたようで顔を赤く染めながら両手を前に突き出してあわあわと窓を拭くように上下に動かしている。
「いや、アネッタが後ろに倒れそうだったんで支えておっただけじゃ。」
「そ、そ、そうなの!いこっ、コアラちゃん!」
勘違いをそのままに放置しても良いのだが、そうなった場合にアネッタが根に持ちそうなのできっちり訂正してやれば、アネッタが顔を林檎のように真っ赤に染め上げて、目をぐるぐると回したまま何やら慌てた様子でわしの脇下からするり抜きでると彼女の方へと言って、早く行こうと急かしていた。別に訂正したんならゆっくり行けばいいのに。そんなことを思いながらわしも緩慢な動きで歩き出せば、視線の先を歩くアネッタが途中足を止めて、スカートを翻しながら此方を向いて、ばか。と声もなく2回だけ口をパクパクと動かす。
しかし、ばかと言われても可愛いだけじゃなあとわしは笑うしかできず、記憶の片隅に残るあの彼女が後ろ手に隠した白いそれを引き寄せては、さあてどうしようかと思案を巡らせた。
わしの予想は合っていたようで昼休みに食堂で再会したアネッタはサンドイッチを手に「今日は一緒に帰れないから先に帰ってね」と言葉を零す。理由を問いかけても彼女は言葉を詰まらせて、困ったような表情をするだけ。それ以上の追求はしなかったが、帰りのホームルームを終えたわしは少しばかり足早に告白にうってつけな場所を幾つか巡る。体育館、体育館裏、それに空き教室。しかしどこに行っても部活動を始めるために集まった生徒たちで、肝心の探し人は見つからずにちょうど廊下を歩いていたコアラに声をかけると、アネッタについて「確か中庭の方に向かっていたよ」と情報を零す。
その情報を元に、校舎の間にあるちょっとした中庭を見下ろせば、よく目立つ場所に男女の姿を見つけて息を落とす。どうやら間に合ったようだ。わしは少しばかり上がった息を整えると、廊下にある窓を開けて少しばかり息を吸い込んだ。
「アネッタ!」
「あれ、カク、どうしたの?」
わしの言葉を受けて振り返るアネッタ。と、男からの声掛けに口をあんぐりと開ける滑稽な男子生徒の姿。
「すまん、今日の晩御飯はなんじゃったか聞こうと思ってのう」
「えー?なにそれ、今日はカレーだよ。」
それは酷い匂わせだ。実体は単なる養護施設で共に暮らす同級生だが、知らぬ者からしたら恋人だと勘違いしても仕方ないだろう会話に、男子生徒はまだ話も終わってないだろうに何処かへと走って行ってしまった。アネッタはその様子に困惑した様子で男子生徒の名前を何度も呼んだが、それも忘れてください!という身勝手な言葉で一蹴され、アネッタは一体何だったのだと呆然としているようだった。
「ん?なんじゃ、どこかへ言ってしまったがいいのか?」
わしはわざとらしく、問いかける。
「うーん……わかんないけどいいんじゃない?あ、カクもこれから帰るなら一緒に帰ろうよ。」
「あぁ、じゃあ玄関で。」
「はーい。」
玄関へと進む足取りは実に軽やかだったと思う。邪魔な虫がまた一匹消えたのだ、わしは一人愉悦に目を細めながら、ひっそりと笑い彼女と待ち合わせをしている玄関へと急いだ。