今まで誰とも付き合った事ないんだけど、やっぱり誰かと付き合った方がいいのかな
飲みの席で、程よく酔いが回った頃合い。普段よりも血色の良い顔で言うと、男たちの視線はアネッタへ。しかし、意外にも返されたアンサーは様々で無理に付き合う必要はないと言う者がいれば、若いうちに恋人を作った方が何かと楽しいだろうと勧める者もいる。中には自分の恋人や妻との馴れ初めを始める卓もあり、その光景は微笑ましくもあるし気にもなるが、本題からは逸れている。
ピープリー・ルルは一口酒を煽ったあと尋ねた。
「どうしてそう思ったんだ?」
なんせ、彼女の言葉に「やっぱり」と言う言葉があった。それを聞くに、何かと比較をしているのだろう。アネッタは瞬いたあと、特に恥ずかしがるような風もなく返した。
「だって、初めての人は重いって雑誌に書いてあったから」
その純粋無垢な言葉といったら!
男たちは衝撃的とも言える発言に噴き出して、それってつまり……と邪推を向ける。しかし当の本人と言えばそれが一体何を示しているかもよく分かっていないようで「初めての人って重いの?」と尋ねるではないか。男たちは一瞬たじろいで、お互いに顔を見合わせる。
なんとなく、良心の呵責に苛まれるような……そんな感覚を抱いたからだ。
しかし、誰よりも破廉恥に厳しく、過剰に反応を示すパウリーは違う。彼は発言を拾うと、顔を真っ赤にして「ハレンチなことを言うんじゃねえ!」と怒鳴ったのだ。
「へ?」
……まぁ、パウリーが思うような下心も無く言った彼女には、全くといって効果は無いようだったが。
そう、それはまさに不発であった。むしろ疑問は深まるばかりで、「初めての人が重いって質問がどうしてハレンチなの?」と詰める彼女は不思議いっぱいだ。どうしてもなにも、ハレンチという言葉を軸に考えれば分かりそうなものだが、飲酒している頭はどうにも働かない。ねえねえどうして、なんでなの。子供のようにパウリーを詰める様子に、仲間たちは墓穴を掘ったなと思考を揃えたが、助け舟は出さない。此処で助け舟を出したところで、同じ穴の狢と言うもの。
彼らはパウリーの反論を待ったが、パウリーは熱湯を被ったような赤い顔で暫く震えたあと「カクと付き合えばいいじゃねえか!」と少し離れた席にいるカクを指した。
「カク?」
「そうだよ、お前ら幼馴染だろ!」
「そうだけど……無理やり付き合わせるようなことはしたくないなぁ……」
意外にも、彼女の言葉は冷静であった。
問いかけが止まり、勢いが落ちる。
彼女がカクに向ける眼差しが特別である事を、仲間たちは知っていた。アネッタはいつだってカクの姿を探しているし、気にしている。しかし彼女の反応を見るに、未だ愛情自体は抱いていないのかもしれない。長い睫毛は下を向いた後、何かを思案して酒を煽る。それからドンと勢いよく置いた彼女は「どうせ彼氏を作るなら、私の事好きな人がいい!できれば身長高くて、がっしりしてて、シゴデキな人!あ、あとイケメンならなお良し!!」と馬鹿みたいな事を言うものだから、男たちは呆れたように「そりゃ高望みだ!」と声を揃えて笑った。
……多分、いつもなら此処で話は終わっていたと思う。けれども今日は飲み会の場で人も多いせいか、普段よりも気が大きく出た者がいたらしい。とつぜん近くの席に座った男が手を控えめにあげた。
「っお、お、おれとかどうですか……?!」
これには男たちもオオッと声を上げて盛り上がる。まさかこの場で告白をするだなんて!
確かに手を挙げた男は、身長が高くて、それなりにがっしりしていて、あとは職長クラスではないが中々の優秀な人材だ。それに顔はまぁ普通ではあるが、何より性格が良い。ガレーラカンパニーの男たちはそれを知っているだけに、条件に合致しているのでは…?とソワつき、父親顔をしている男たちは「いや、でもなぁ…!まだアネッタには早いんじゃないか?!」と腕を組む。
もはやそこにアネッタの意志は見えず、当の本人は突然の提案に瞬いていたが、その答えが出ることはなかった。
ヌウと背後から伸びる手が、彼女の顎をくいと上げたのだ。
「ん……、あえ、カクどうしたの?」
日に焼けた手が後ろから喉を撫でた後、顎を支えるように持ち上げて額へと口付けを落とす。見上げた顔はやけに血色が良く、ジイとみる眼差しも普段の色とは異なるように見える。……まぁ、そこから続く額や頬やらへの口づけは、それを説明しているような気もするのだが、肌に触れては離れてしまうキスはくすぐったくて仕方が無い。アネッタは赤面するわけでもなく、ただの日常ごととして「もう、カクくすぐったいよ」「酔うなんて珍しいね」と笑うと、カクはもう一度目を見つめたあと、唇を塞ぐように口づけた。
「ん、む゛……っ」
驚き、瞬く瞳。其れが一体何なのかを理解する前に離れた唇に、アネッタの瞬きは止まらない。けれども、理解するよりも前にごちんと額が寄せられて「ちと、酔ってしもうた」と言われると追及することも出来ず、座りたいという彼に席を譲ると手を引かれるがままに膝上へと招かれることになった。
「……、……」
背後から腕を回したカクが、暖を取るように前をあけたツナギに手を突っ込んでギュウと抱きしめる。アネッタはそれにどうしたもんかと暫くされるがままであったが、ぐりぐりと肩に額を寄せる彼は到底離れてくれそうにない。よって、彼女は気にしないことを選択して「それで何の話だったっけ?」と話を戻すと、男たちはどう反応してよいかもわからずに言葉を濁らせたあと、今しがた失恋したらしい挙手者の肩を叩いた。