サンタは一人じゃないようで

 サンタがいるなら、カクにプレゼントが来ないのはおかしい。だからサンタクロースも、それから魔女のベファーナも居ないんだ。終業間際に振られた話題に答えて、「じゃあお前がカクのサンタになってやればいいだろ」と言われて目から鱗が落ちる。なるほど、そういう手があったのか。これまでサンタの代わりに欲しいものをあげようと思ったことはあっても、自分がサンタになるなんて考えた事もなかった。
 でも、カクの欲しいものって一体なんだろう。

「はぁ?藪から棒に一体なんなんじゃ……欲しいものなんて特にないわい」

 訊ねても彼は話してくれないし、それどころか「しいて言うなら、お前がさっさと一人前になることじゃな」と言う。しかし、それは欲しいものというか、願い事ではなかろうか。
 きっと、サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれるといったところで、一人前になった私を届けてくれる事はない。よってそれは却下だとサンタクロースのくだりを省いで言うと、彼はえらく驚いた顔で「欲しいものが却下されることなんてあるんか」と言っていたが、届けられないのだから仕方が無い。
気を取り直してもう一度訊ねる。

「ほかに欲しいものはないの?なんかこう、もっと物とかでさ」
「欲しいものなんて自分の給料から買っとるしのう」
「そこをなんとか!」
「いやに必死じゃのう……しかし、ううん……」

 カクは腕を組んで悩む。それから必死にひねり出した欲しいものは、どちらかというと私に対する要望ばかりで話にならず。
 そんなわけで、彼には頼らず自分で考える事にしたのだが、人へのプレゼントだなんてまぁ思いつかない。カクの好きな食べ物であるカステラとバナナをクリスマスに上げるのはなんだか違う気がするし、かといって帽子をあげるのもつまらない。
 長ドスなんてもってのほかだし、本職で良く使っているスカーフを今あげるのもズレているように思う。試しに入った雑貨屋に並ぶ置物はどれも可愛いけれどピンと来るものはなく、結局自分が欲しかったキーホルダーだけ買って店を出ると、聞きなれた声が袖を掴んだ。

「なんじゃアネッタ、そそくさと帰ったと思ったら買い物か」

 そこには、ひとり帰路につくカクの姿があった。きょうの彼は直帰を決めたのだろう。近くにパウリーの姿はなく、片手で抱えた茶色い紙袋から長いバケットや上質そうなワインの先が飛び出ていた。

「あ、う、うん……たまにはお買い物もいいかなぁって」
「ほう、まぁ別にええと思うが金銭管理はしっかりするんじゃぞ」
「う……し、してるよぉ……」

 金銭管理が苦手なせいで、ここにやってきて二か月でお給料の全てを彼に管理されることになった。だから自分で使えるお金はそう多くはないのだが、地道に貯金をしてきたお陰で普段よりも余裕はある。だからこれで何か良いものを買ってやりたいが、彼がいてはプレゼントを渡すことも出来ない。
 よって、「じゃ!」と適当に話を切り上げたつもりが、幼馴染の彼には隠し事が出来ないらしい。伸ばされた腕が首根っこを掴む。それからグイと引き寄せられた体は簡単に捕まってしまいモダモダと手足を動かすと彼は訝し気な顔で言った。

「何よお!」
「お前こそ、何を企んどるんじゃ」
「っな、なにも企んでないですけど……」
「わしの目を見て言ってみろ」
「…………」
「……じゃあ、わしが行ってもええんじゃな」
「え゛っ」
「い、い、ん、じゃ、な?」

 結局、彼が納得するだけの理由を出せず、共に雑貨屋や宝飾店など、ありとあらゆる専門店を巡ることになった。勝手についてきただけあって、特に彼が文句を言う事は無く普通のショッピングになっていたが……この男、驚くほど物を欲しがらない。彼が好きな船の模型を見せても「その型は前に作ったことがある」というし、キリンのぬいぐるみを見せても「そうじゃな」というだけ。
 いくつかの店舗を巡るなかでようやくカクが自ら商品を手に取ったのは、工務店にある腰袋であった。

「おお、こりゃええ腰袋じゃのう」
「どれどれ?」
「ほれ、此処に収納袋があるじゃろ?わしの腰袋はどちらかというとノコギリを下げるための機能しかないからのう……」

 工具を収納するための収納袋とベルドが一体化した腰袋は、船大工御用達の一品である。確かに彼の腰に下げたベルトはノコギリを下げるだけの機能しかなく、収納袋が無い。今の腰袋には無い利便性を語り、自分の腰袋を撫でる。加えて彼の腰袋はこの数年で随分と痛んでおり、所々が白く掠れている。マメな彼は日頃から革の腰袋を丁寧にクリームでケアをして磨いてと大切に扱っていたが、それでも経年劣化を完全に止める事は出来ない。

「じゃあ、これ買うの?」
「……うーむ、今の持ち合わせじゃ足りんのう」

 クリスマスじゃからと奮発しすぎてしもうた。そう言って諦めたように棚に戻す彼の声色は、少しばかり落ちている。
 それを見て、これだ!とアネッタ。カステラやバナナほど日常っぽくなくて、帽子みたいに日常使いが出来て、普段よりもちょっと特別感のあるプレゼント。……うん、うん、腰袋なんてまさにベストアイテムではないか!値札にある金額も、なんとか予算内に収まっている。
 アネッタはカクの視線が外れたことを確認して、そろりと手を伸ばす。

「うん?どうした?」

 しかし、流石は暗殺稼業の男。視界の端で影を捉えたのか、彼の指摘にドキリと心臓が跳ねる。

「う、ううん!隣にあるレディースが気になっただけ!」

 そう適当に躱して、さりげなく彼がおいた腰袋を取ると、他の商品に気を取られているうちに彼の分だけを購入する。心優しい店員は「プレゼントかい?」と尋ねてきたが、カクをちょいちょと指すと全てを察してくれたらしい。彼は無言でウインクを返すと手早く会計を済ませて腰袋を包み、アネッタはようやく任務達成だと息を吐き出した。

 そうして、その日の夜に誘われた二人だけのクリスマスパーティをひとしきり楽しんだ後、寝ぼけ眼を擦って彼の枕元にプレゼントを置く。珍しくも先に眠っている彼は赤みを帯びた顔で静かに寝息を立てており、自分も隣の部屋に戻って寝ようかと欠伸を零したが、酒が入っているせいか眠いし、面倒くさい。よって彼の隣に寝転んだのは、幼馴染の特権であって妙な下心はないのだが……彼の身体の温かさといったら。
 ポカポカと湯たんぽのように暖かくて、落ち着く匂いがする。アネッタは温もりを求めて身を寄せると、明日の彼が喜んでくれるといいなぁと願いながら、幾ばくもなく眠りに落ちた。


 翌朝、目が覚めると自分の胸元にすっぽりと収まっている幼馴染の姿があった。彼女よりも先に寝落ちた気もするのだが、つられて眠ってしまったのだろうか。なんにせよ気持ちよさそうに眠っている彼女は無防備で、試しに首元に手を滑らせても反応は無し。
 それだけ信頼されていると思えば喜ばしい事なのかもしれないが、これで付き合ってもいないのだから酷い話だ。

「……随分と寝てしもうたのう」

 時計を見ると、八時を過ぎていた。今日が休みで良かったと思いながら身を起こすと、ついた手に何か触れたような気がして視線を落とすと、枕元にプレゼントが置かれていた。青色のラッピングバッグと、それを留める金色のリボン。カーテンの隙間から差し込む光はそれを特別であるよう照らして、緩慢な動きで手に取るとゆっくりと開いて笑いを落とした。

「……、……はは、わしの好みがよく分かっとるサンタじゃのう」

 成程、昨日見せたあの不審な言動や行動は全てこのためだったのか。であれば、彼女がああでもない、こうでもないと欲しいものを却下してきたことも腑に落ちる。

「……まぁ、本当に欲しいものは自分で手にしたいからのう」

 誰に言うわけでもなく、独り言ちる。その言葉は眠っている彼女には届かないが、それでいい。カクはふわふわとした彼女の髪を掬ってそこに口付けると、随分と前に用意しておいたプレゼントを枕元に置いて声を掛けた。

「アネッタ……オイ、アネッタ、いい加減起きんか。わしらにプレゼントがきたぞ」
「んえ……カクにプレゼント……?……ふふ…よかったねぇ……、……、…………わしら?」
「おお、お前のも置いてあるぞ」
「え、え?!」

 寝ぼけ眼だったアネッタが跳ねるように起き上がり、「なんで?!なんで私のまで?!」と声を上げる。それも偶然同じ店舗で買ったこともあり色違いのラッピングは彼女の混乱を煽り「きのう一緒に買い物行ったよね……?」と尋ねる声は不安たっぷりだ。……いや、それはもう色々と答え合わせになるのでは。そう思ったが、まぁ、せっかくのサプライズだ。今日ばかりは指摘なんて無粋な事はやめておこう。

「のう、アネッタ。わしのは腰袋が入っとった。……嬉しいのう、これが一番欲しかったんじゃ」

 そう言うと、彼女は顔を上げてまるで花が咲くように笑う。まるで、嬉しくてたまらないといった表情だ。……全く、諜報員とあろうものが感情を爆発させおって。呆れて息が落ちるが、同時に胸が暖かくなる。だから彼女の顎を掬って額に一つキスをしたのは、まぁ、独占欲の表れだとか、好意の示しだとかそういうことなのだけれど、彼女は驚いたのか後ろにポスンと倒れて瞬く。

「な、なんでいまキスしたの……」

 普段よりも赤みを帯びた顔で、これまた感情を大爆発させるアネッタ。それがなんだか新鮮で面白かったので、もう少し揶揄ってやろうと上に覆いかぶさって、それらしく彼女の手に己の手を重ねて「どうしてじゃと思う?」と尋ねたが、このいつにない雰囲気はパウリーからのお誘いコールで打ち破られることになった。