ちいさいころのはなし

 アネッタの髪がふわふわのロングヘアーになった頃、伸ばし続けていた髪を切った。特に理由はない。ただ、短く刈り上げた髪は意外にも好評で、ジャブラたちも「おお、さっぱりしていいじゃねぇか」と褒めてくれたのだが、ただ一人、アネッタだけは変な顔をしてわしを見つめていた。

「………」
「…アネッタ?」

 アネッタが変な顔をしている。なんというか、猫がフレーメン反応をしているような、そんな顔だ。似合ってないのかと短く刈り上げた髪を触ったが、何かそういうわけでもないように思えて、彼女との距離を縮めながら「アネ」と手を伸ばすと、此方を見ていたアネッタの瞳が大きく揺れて一歩後退る。まるで拒絶だ。不思議に思って、わしが一歩分距離を詰めたところで、アネッタは二歩も後ろに下がる。まさに一進一退で、その時一歩進んで二歩下がる。なんて人生一進一退の連続だと言う歌を思い出して、無性に腹立たしくなってしまった。

「アネッタ、なんで避けるんじゃ!」

だから、つい出た言葉はいつもよりも大きな声だったかもしれない。けれども、アネッタはぎゅうと目を瞑って唸る。
「……ウウウウウ……」

 ぎゅむと顔の中心に寄っていくパーツ。息まで止めているのか段々と赤くなる様子に、なんだかクマドリが見せてくれたウメボシという赤いシワクチャの実によく似ているなと思ったが、やっぱり様子がおかしいように思えて「……似合わんか?」と尋ねた。それも声のトーンを落として、しょんぼりとした表情も添えて。
 すると、途端に顔を上げて「っ、ちがくて」と返答するアネッタ。わしが彼女に甘いように、彼女もまたわしに甘いのだ。だがしかし、”ちがくて”という四文字のヒントで理解できる筈もなく、「何が違うんじゃ」と言葉を返すとアネッタの肩がびくりと弾む。別に怖がらせるつもりはなかったのに、食い気味に言葉を返したことが良くなかったのかもしれない。

 ただ、問いかけようにも、相変わらずアネッタはわしが近づくと後ろに後ずさるばかりで、まったくもって埒が明かない。それどころか、伸ばした手は空を切り、指の隙間をするりと小麦色の髪の毛がすり抜けると、ついには近くにいたカリファの後ろに隠れてしまった。

「ア、アネ……」

 初めての拒絶だった。そりゃあ喧嘩をすれば、アネッタはすぐに嫌い!と口にするし、わしから逃げるけれど、喧嘩もしていない状況で拒絶を受けるのは初めてで、ガアンと頭を木槌で殴るほどの衝撃が頭に響く。

「アネッタ、カクと喧嘩でもした?」
「……えっと…」
「言いづらい?」
「んん……」

 いいぞ、カリファ。
 出来ればもっと大きな声で聴いてくれんか。
 そんなことを思いながらカリファの後ろに隠れるアネッタを見たが、アネッタはそろりと此方を見た後にカリファの袖をくいと引いて、屈むカリファの耳元に口を寄せる。ひそひそと、ひそひそ。そこで生まれた空白の時間は無駄にわしを焦らすばかりではあったが、ただじっと二人の様子を見ていると耳打ちを受けたカリファは目元を和らげてふっと息を漏らすように笑ったあと、わしを見た。

「カク」
「な、なんじゃ」

 ごく…と唾をのむ音がやけに大きく響く。

「カクがいつもとあんまりにも違うから、なんだか違う男の子みたいに見えて、どきどきしちゃったみたいよ」

 その言葉に後ろに隠れたアネッタが、「カ、カリファ……!」と袖を引く。まさかひそひそ話で言ったことを伝えられるとは思ってもいなかったのだろう。アネッタはパントマイムでもするようにあわあわと空中窓拭きを披露しながらも、わしとばちりと目が合うと突然どこかへと走っていってしまった。

「あら」
「……」
「カク、追いかけないの?」
「……!わ、わかっとる!」

 残されたわしを見て、カリファが問いかける。
 まさかあのアネッタがわしを意識する日が来るなんて。わしは緩む口元を誤魔化すように両手で頬を包んでむにむにと触ると、逃げるアネッタを追いかけるために駆け出した。