定期メンテナンスはお任せを


「あーあー、爪、割れちゃったぁ…」

 戦闘を伴う任務を経て、割れて先端が歪になってしまった爪を見ながら零す。
 これだから、これだから戦闘を伴う任務は嫌なんだ。ジャブラやカクなんかは怪我をするのが嫌なら、怪我なんかしなければいいだろうと簡単に言ってくれるが、彼らに比べて平凡な私は無傷で帰れた試しがない。それどころか、みんな無傷なのに、私一人だけがボロボロだってことも珍しくはない。だから今日も今日とて怪我はしたし、マニキュアが映えるよう伸ばしていた爪も割れてしまっていて、この間カリファから貰ったマニキュアも、もうしばらくは使えそうにないなと渇いた笑いが落ちた。

 そうして風呂なども終えた私は、割れた爪を整えるために爪切りを手にソファに座る。――いや、座った筈なのだが、気付けば私はカクの膝の間にすっぽり収まっていて、「どれ、わしが切ってやろう」というカクに爪切りを取られていた。

 あれ、どうしてこうなったんだっけ。

 あまりにも自然な流れで色々とツッコミが追い付かなかったが、取り合えず「え、やだ。」とだけ言葉を返すと、カクはいかにも聞き捨てならないって顔で「なんじゃと?」と言葉を返す。

「あ、いや、ええと、……わざわざカクに切ってもらわなくてもといいますか……」
「本音は?」
「短く切られそう…」

 なんせカクの爪は短い。深爪とまでは言わないが、随分と短く切りそろえられた爪を見ると私もそこまで切られるのではと思って、こっそりと手を爪を隠すようにきゅっと猫の手をしてみせたのだが、そんな細やかな抵抗もすぐに気付かれてしまった。

「アネッタお前……わしが下手だから短く切ってると思っておるのか」

やけに機嫌の悪い声が耳元で響く。

「……、……違うの?」
「違うに決まっとるじゃろう」
「え~~?…じゃあなんでそんなに短いの?」
「………爪が長いと長ドスが持ちにくいじゃろ。…ほれ、つべこべ言っておらんでさっさと爪を出さんと、爪切りでおまえの皮膚を切るぞ」
「ひっ」

 なんて男だ。これが幼馴染相手に言うことかと思ったが、普段の仕事っぷりを見ていると本当にされそうなので、おずおずと手を開く。すると、カクの大きな手が私の手のひらを掬って、親指が爪先の状態を確かめるようをすりすりと撫でる。

 だが、意外にもカクの爪切りはうんと丁寧だった。爪先に宛がった爪切りは、ぱちんぱちんと音を立てて割れた爪を切り落とし、長さも普段の長さに合わせて綺麗に切りそろえてくれる。ただ、人から切られるなんて体験は子どものころ以来で、どうにもこそばゆい。

 これが爪から伝わる感覚によるものなのか、それとも人からやってもらっているという事象からのこそばゆさなのかは分からないけれど、彼の胸元に体重を預けながら「なんか……なんか人に切られるの変な感じする」と零すと、カクはふっと息を漏らすように笑って、「そうか」とただ一言呟いた。
ぱちぱちと、ぱちんぱちんと、爪を切る音が響き「次はこっちの手」というカクの言葉が続く。

「……あ、でも…本当に上手だねカク」
「誰かさんと違って手先は器用な方じゃからのう」
「お?喧嘩か?」
「わははっ冗談じゃ、……うん、まぁこれくらいでいいじゃろ。あとは整えるぞ」

 切り終えた爪は、爪やすりなんて必要ないんじゃないかと思うぐらいに綺麗だった。尖りもなく綺麗な弧を描いており、爪が割れた後のようには見えない仕上がりに思わずほうと息が落ちる。ただ、此処までしてもらったのに整える作業までやらせるのは申し訳ないやら恥ずかしいやら。「自分でするよ」と言ったが、すぐに「ここまでしたんじゃ、最後までさせてくれ」と突っぱねられてしまった。

 どうしてカクは此処まで良くしてくれるのだろう。ただの気まぐれか、それとも彼なりのコミュニケーションか、愛情表現か。――そんなことをぼんやりと考えていたのだけれど、その間にもカクは爪切りをサイドテーブルに置いて、一緒に用意していた爪やすりを構えるとしゅこしゅこと削りはじめる。しゅこしゅこと、しゅこしゅこと。優しく角度を変えながらのそれはとても丁寧だったのだけれど、なんせこそばゆい。いや、もしかしたら単に私がくすぐったがりなのかもしれない。しゅこしゅこと伝わる細かな振動はこそばゆく、「ひ」と無意識下に落ちた言葉は随分と情けない音だった。

「うん?」
「あ、これ…っ駄目、かも……っ」
「何がじゃ、痛いか?」
「ち、ちが…なん、なん…っか、くすぐ、……っふふ、…くすぐったい……!」
「…こら、暴れたら出来んじゃろうが。大人しくせい。」
「んふふ…っふふ、あっ、やだ、ふーってするのやめて」
「こうか?」
「んふふふ…っ」
「無邪気じゃのう全く。」

 しゅこしゅこと、しゅこしゅこと。

 やすりがけの静かな音を私たちの会話がかき消して、和やかな時間は続く。

 途中、爪の手入れを終えたカクが「わははっ爪の手入れ程度で忙しない奴じゃのう」と笑いすぎで顔を真っ赤にした私を見て言っていたが、それを見ても甲斐甲斐しく世話をするのだから、カクはうんと意地悪だなと、そんなことを思った。