高熱は隠した感情を暴く

二日前からカクが体調を崩して寝込んでいる。
40度の熱が続いたことから私は看病したいと名乗り出て、私はカクの部屋。同室の子は私の部屋に寝ることになり、念のためにマスクをして冷えピタに体温計、タオル、氷枕を一式持ってカクの部屋に戻ると目を覚ましたカクが身を起こし、ベッドからこっちを物凄い目をして睨みつけていた。いや、熱で茹でタコみたいになっているから怖くともなんともないのだけれど。

「なーによぉ、その目は」

こちとら二日前から看病して若干寝不足だというのに。その言葉は当然飲み込んで、彼のいるベッドに腰を下ろした私は、冷蔵庫から取り出したばかりの冷えピタを手に、薄いフィルムを剥がしてはいまだ此方を睨みつける彼の額に予告なくぺちんと張りつけた。そうすると此方を睨んでいた目の凄みというのだろうか、険しい表情が緩んで「~~~~ッつめ、た…!」という悲鳴に近い声が帰ってきた。

「でも冷えピタ気持ちいいでしょ。氷枕も新しいの持ってきたから、これ使うといいよ。」

彼が動転する様子は珍しくて、これも熱のせいかと思いながら彼の枕元にある氷枕を手にとって、先ほど作ったばかりの氷枕と交換してやれば、あったかーくなった氷枕を一旦テーブルの方へ運ぼうと立ちあがろうと立ちあがったところ、それを拒むようにカクの熱い手が腕を掴んだ。

「うん?」
「わし、離れたくないといったじゃろう」

言われたような言われてないような。寝言のように繰り返された、離れるなという言葉は聞いていたが、看病をしている身としてそれを律儀に守るわけにもいかずに子供のように唇を尖らせるカクを見ると、腕は捕まれたままに氷枕を持っていない方の手で頭を撫でてみる。

「えーと……、離れるといっても氷枕を片づけるだけよ?」
「それでもじゃ」
「でもほら、ジャブラやルッチにも様子をさ、」
「いま他の男の名前なんて出すな。」
「ええー……」

ぴしゃりと言い切られた言葉に理不尽さを感じるものの、彼がこうも要求するのは珍しい気もして、仕方なしにと再度ベッドに座ると、彼は熱に浮かされた顔でニマァと笑って、私の腹に腕を回して後ろからぎゅうとのしかかるようにして抱きついてきた。
男が女を抱きしめているのだ。普通だったら緊張したり、胸をときめかせたりするものなのだろうが、抱き着いてきた彼の熱さでそんな感情はすっ飛んで、代わりに「あ、………っつう…」という感想が零れ落ちる。どうやらまだ熱は下がっていないようだ。シャツ越しに伝わる体温は熱く、袖から伸びる腕が直接私の手に触れるとより温度が高く感じて、彼の手のひらに己の手のひらを重ねるとお風呂に入った後のように熱かった。

「ねぇカク、体温上がってない?」
「そうかのう。」
「そうだよ、さっさと寝てくださーい。治るものも治らないよ?」

しかし今日の高熱カクさんといえば頑固なもので、腹に回された腕を解こうと、それぞれ右手首と左手首を掴んで剥がそうと観音開きの要領で開こうとするのだが、力を込めるので全然離れてくれやしない。

「んぐ…っ、ちょ、……カクはな、して…!」
「………」
「んぎぎ……っ」
「…ふ、……くく……っ」

背後から私の肩に頭を預けるカクの笑い声が聞こえるのがまた腹立たしいもので、暫くカクとの攻防戦が続く。しかしまぁ、そもそもの話、私が彼に勝てるはずもなく、ついに彼の腕を解く前に私の体力が尽きてしまった。あぁ、私はただ看病をしたいだけなのに!私はやけになって後ろから抱きしめている彼の方に思いっきり体重をかけては彼を見上げる。見上げた彼は熱に浮かされているせいだろうかいつもとは違って、虚ろというか、蕩けているというか。普段の印象とは異なる彼の姿に思わず無言でいると、こちらを見下ろしたカクが嬉しそうににこーと笑った。

「よし、もう離さんぞ。」
「えぇ?風邪移っちゃいますが」
「構わん、離したら〇〇はどこかへ言ってしまうじゃろう」
「私は構わなくないんだけど、…というよりどこも行かないよ。」
「でもさっきわしを置いていったじゃろう」
「だからそれはさぁ…。」

全く話が通じない。カクってこんなに頑固だったっけ?それとも熱が高すぎて頭が全く回っていないんだろうか。普段はどちらかというと私の話をしっかりと聞いてくれるタイプなので、甘えるようにぎゅっと抱きしめてくる彼は新鮮で、なんとなく可愛らしい気もする。気紛れに彼の頭に手を片手で撫でてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めて口元を緩めた。

「……ふふ」

いつもは冷静なくせに、いまこうして私に甘えている。それがなんだかおかしくて笑ってしまった。
もしかして彼は結構な甘えん坊だったりするんだろうか。ばちりと目が合うと彼は相変わらず顔を熱で真っ赤にしていたし、口元を緩めて穏やかに笑んでいたが、「〇〇、」と私の名前を呼ぶと、「……好きじゃ」とそれはもう穏やかに呟いた。私はその言葉に瞼を瞬かせた。なんせそれは、恋人に囁くような。そんな言葉だったから。

「なあに急に。」
「…好きなんじゃ、おぬしのことが。ずっと。」

彼の愛を囁く。でもそれは情欲とか、永続的なものでもなく、家族に対する家族愛だとか、友情愛だとか、きっとそういう類なものなのだと思う。でも不思議と、彼がいつかこうやって、誰かに本当の愛を囁くことがあるのなら、彼から愛を囁かれる”誰か”が羨ましいと思って、私は息を漏らすように笑むと彼の初めての疑似的愛情を受け取ってみせた。

「ふふ、私も好きよー」

ああ、なんて卑怯な女なんだろうか。こうして彼の初めてを奪って安堵するだなんて。

「……好きじゃ、わしから離れないでほしい、」
「離れないわよ。」
「本当か?」
「本当。というか私たち一度も離れたことないじゃない」

気付いたら此処にいて、カクがいて、ジャブラがいて、ルッチがいて、みんながいた。私たちは離れたことなんて一度もないのに、彼は一体何に怯えているのだろう。まぁ確かに四六時中っていうのは無理だろうし、高校を卒業したら私たちはこの養護施設を出なければいけない。ただ、それまではまだ一年ほど残っている。どのみち彼と離れる事はないのに。

「………じゃあ、〇〇の全てをわしにくれるか?」

私はなぜ彼がそんなにも思い詰めたように、何かに怯えているのか分からなかった。でもあんまりにも、泣きそうな顔をしていたので、伸ばした手で彼の目尻を撫でると彼はそう呟いて、―――ぐらりと体を倒した。

「……へ?」

突然のことで一瞬何が起こったかわからなかった。
私は身体を起こすとカクはベッドにぐったりを体を倒して、はぁはぁと浅く肩で息をしており、彼の名前を何度か呼んだが意識がないのか反応が返ってこない。私はたまらなく嫌な予感がして、持ってきていた体温計を取り出して彼の脇に刺して60秒ほどでピピっと終了を教える体温計を急いで取り出せば、そこに並んだ数字を見て私は叫びを上げた。

「う…わーーー!!!!!!!!ジャブラあ!!ルッチぃいい!!カクが死んじゃうよーーーー!!!!!」

「おい、なんだよ!…って42度?!!おい、ルッチ救急車だ!!」
「あぁ。」
その日養護施設は大騒ぎとなり、カクは入院が決まったのだった。