アネッタという女は非常に分かりやすい。馬鹿だからなのか、それとも己を信頼しきっているゆえなのかは分からない。ただ、あまりの分かりやすさに此奴は本当に大丈夫だろうかと少し心配になるほどで、今日もまた隣の部屋から「ホワァ!」なんて声が響いてくれば、ため息が落ちてしまう。アネッタのやつ、今度は何をやらかしたというのだ。
このウォーターセブンにやってきて一年と少しが経った。つまりは、この仮住まいのアパートに住み始めてそれだけ経った筈なのだが、幼馴染と隣同士で済んでいるせいか、一年の半分以上は彼女の部屋にいるような気がしてならない。まぁ付き合ってもいないのだから一緒に住むことは出来ないが、それにしたって家賃が勿体ないような。そんなことを思いながら隣の部屋へと訪れたわしは、玄関扉を叩く。
ごんごんごん。
ごんごんごん。
しかし反応はない。なるほど、居留守を使うとはいい度胸だ。
「アネッタ!お前が家に居ることは分かっとるんじゃぞ!」
借金取りよろしく声を荒げてみる。すると彼女は別に借金なんてしてもいないのに、慌てた様子で玄関へとやってきたのだろう。どたどたと廊下を走る音が響いたかと思うと鍵が開く音がして、そおっと扉が開く。少しだけ。ほんの少しだけであったが。
「………な、なぁに?」
その時、わしは察した。
あ、この女。やっぱり何かしでかしたな、と。
わしは扉が閉められないよう足を隙間に入れる。ついでに手を入れて外側にぐいと引けば、アネッタがヒッと短い悲鳴を上げたが、わしを相手に扉が閉められないことくらいは理解しているのだろう。アネッタはさあと顔を青くしたかと思うと、此方にくるりと背を向けて走り出した。恐らく、何かを隠そうとしているのだと思う。
なんて諦めの悪い女だ。片づけにいったのか、それとも物を隠しに行ったのか。まぁどちらにせよ、いま逃げるくらいだ。わしに見られてはまずいというものは、まだ部屋の中にあるはずだ。
「……アネッタ」
扉を閉めて、施錠もしっかりしてからリビングへと辿り着いたわしは、ソファの上でダンゴムシのようにうつ伏せになって丸くなるアネッタを見て呟く。
全く子供じゃあるまいし、一体何をしとるんだ此奴は。
「な、なんでもないですけど……」
「ほう?じゃあ起き上がってみたらどうじゃ」
「え…?な、なんで……」
「何もないのなら、起き上がることだって出来るじゃろ」
「お、お腹が痛いから……」
「ほう」
どすん、と勢いよく隣に腰を下ろす。その瞬間、彼女の体が大きく弾んだが、相変わらずうつ伏せになったままアルマジロのように丸まっている。一体その下に何を隠しているのだとよりかかって「その下に何か隠し取るのは分かっとるぞ」と言ってみたが、彼女はやはり諦めが悪い。「なんにもないもん」と子供のように言うので、彼女の上に覆いかぶさるように腕を回すと「イヤッ、イヤッ!エッチ!ばか!」なんて子供のような悪口が返ってきた。
「な、ぁ?!」
「えーんえーん、カクくんが抱き着いてくる!えっち!すけべ!」
「誰がすけべじゃ!」
「私が可愛いからって抱き着いてくるのはよくないと思う!!」
「っこのアマ……!」
「訴えたら私が勝つもん!!!!訴えられたくなかったら離してよね!」
「じゃかあしい!!」
言って、腕を回したままだった彼女の体を持ち上げる。どうせこの下に何かを隠しているんだ。ならば持ち上げた方が早いじゃないか。そうして「ヤダーーーッッ!!」と喚く彼女を持ち上げたわしは、ソファに残されたものを見て絶句する。
ソファに残っていたのは、彼女の尻尾であった。
一体なにがどうして此処にあるのか。鰐の尻尾によく似た、岩を纏ったような尻尾は抱き枕サイズで、尻尾の根本は確かに切れているのにウネウネと意志を持ったように動いている。それがひどく不気味に思えて「き………っっっ」と言葉を落とすと、アネッタが心外だって顔で「あ!ひどい!いま気持ち悪いって言おうした!」と吠えた。
「いや、切れとるのに動いとるんじゃぞ。気持ち悪いじゃろ」
「気持ち悪くないもん!!」
持ち上げられたアネッタはじたじたと動く。
あんまりにも暴れるので、仕方なしに下ろしてやると、アネッタはうねうねと蠢く尻尾を抱きかかえてウウウと唸った。
「……それでなんでお前の尻尾が?」
「えっ、あっ、いや、なんか……扉に挟んだらきれ……ちゃ、……った?」
「……………お前の馬鹿さにはほとほと呆れるわい」
なんでこいつが世界で一人しかいない竜人族なんだ。あまりにも迂闊すぎる行動にため息しか出ず、ハァとそれはもう大きく息を吐き出すと、アネッタは「酷いな?」と眉間に皺を寄せた。
「あ、っで、でもちゃんとエニエスロビーにいる長官には伝えたし、研究所にだって連絡したんだよ」
「ほう?…それで?」
「なんかね、今日は…ほら、暑いでしょ?それで今から運ぶとなると、研究所につく前に腐るから、こっちで処分しろって」
「腐るのか……」
「みたいだね」
「……まぁいい、であればわしが手伝ってやろう」
処分となると、細かく刻む方法が良いだろうか。岩を纏っているあたり、一度それらをすべて外したうえで尻尾の肉を刻む必要がありそうだと、親切心から彼女が抱く尻尾に手を伸ばすと、尻尾が、いや、アネッタがその手をすいと避ける。
「うん?」
もう一度同じように手を伸ばす。
しかし、アネッタは同じようにすいと避けてしまう。
理解出来ずに「……何のつもりじゃ」と尋ねると、アネッタは唇を尖らせて、「……だってさぁ……折角何してもOKな尻尾があるんだよ…?」と零した。
「はぁ、それで?」
「……食べたくない?」
「はぁ?」
「だってだって、絵本とかでもマンモスのお肉とかあるでしょ?だったらこれだって食べれるかもしれないじゃない!」
「自分のもの食べることになると分かっておるか?」
「分かってるけど、抵抗ないもん!」
「わしゃ抵抗ある」
「だから一人で食べますう」
言いながらアネッタはぎゅうと尻尾を抱きしめる。これがぬいぐるみだったら可愛いだろうに、うねうねと動き続ける尻尾だと途端にへんてこりんに思えてしまう。ただ、アネッタは頑固だ。一度決めた事は頑として聞かないし、もう調理をする気なのだろう。尻尾を抱きしめたまま「美味しく食べてあげるからね」なんて呟くアネッタは、傍から見れば狂人にしか見えないのだが、アネッタからすれば美味しい食材にしか見えていないらしい。
キッチンまで場所を移した彼女は、早速尻尾を洗う。それも岩を纏っているためなのか、タワシまで浸かって洗う念入りさで「そもそもどうやって調理するんじゃ?」と尋ねると「そこが問題だよねぇ」と、つまりは考え無しの言葉が返ってきた。
「まぁでも、焼けばどうにかなるでしょ。肉は焼くだけで美味しいから」
「焼くって捌くつもりか?」
「ううん。折角鱗がしっかりしてるから、…よ、っと、このまま窯にGO!」
しっかりと水気を取った尻尾は、そのまま家庭用の調理窯へ。あらかじめ次に使うようとしてセットしていた薪を奥に押し込んで、其処に証拠隠滅がてら世界政府からの手紙をくしゃくしゃに丸めて火種にして入れる。火種は薪に燃え移りゴウと火を灯し、途端に窯の中が熱くなるので、窯の中心に尻尾を入れて窯の扉を閉めた。
窯の扉についた小窓から覗くと、尻尾は暫くはうねうねと動いていた。ただ、暑さに弱いのか、それとも単に時間経過ゆえか、それも暫くすると動かなくなっていたが。
それから暫くして、ミトンを手に尻尾を取り出したアネッタは、真っ黒こげになった尻尾を見下ろす。ぷすぷすと音を立てるそれは、とてもじゃないが食べれそうな見た目をしていなかったが、彼女いわくこれでいいらしい。
キッチンに戻り、尻尾を纏う岩を剥いでゆく。中心にすっと線が入るように生まれた割目に右手と左手の親指を添えて、外側に開くと、中からは真っ白でぷりんとした身が現れる。共にふわりと立ち上がる匂いは、味付けなんてしていない筈なのに矢鱈と美味しそうで食欲をそそる。慎重に白い身質部分だけを取り出したアネッタは皿に乗せて、そこにニュウウ~とマヨネーズをかけて、それから仕上げに七味をふりかけて手を合わせた。
「うう~~~、美味しそう!」
この女、躊躇という言葉を知らんようだ。
まぁ、確かに美味そうではあるが。
「……いや、まぁ確かにうまそうじゃが、本当に食べるのか?」
「食べるよ~~折角焼いたんだもん!………いただきます!」
そういって、躊躇を知らない女は一気に齧り付く。
てっきり筋肉質で固いかと思ったが身離れは良いようで、一口分だけむしり取ったあと咀嚼を繰り返したアネッタは、暫く視線を上に上げてフンフンフンと鼻を鳴らしながら考えるような顔をしていたが、想像以上の味だったらしい。「んむ、んも、んむむ!」と良く分からんことを言いながらわしに向けて尻尾肉を差し出すので、暫くそれを見つめたのち、ええいままよと齧り付いた。その瞬間、中からあふれ出す肉汁。それも臭みなんてものはなく濃厚な旨味だけが舌に残る。身質は鳥もも肉に近く、癖もほとんどない淡泊な味で、マヨネーズの塩気とピリリとする七味唐辛子がベストマッチしている。
「んん!確かに…んむ……こりゃうまいのう」
「ね!おいひいよねぇ!なんか…んん………から揚げみたいなぷりっぷりさ…?」
「確かに、もっとジビエ的な癖があるかと思ったがのう」
「でも鰐肉も鶏肉みたいな味っていうし、そういうものなのかもねぇ」
「なんで鰐と比べたんじゃ…」
「ちょっと鰐の尻尾に似てるから……?」
此奴はどこまでもマイペースだ。
同時にトラブルメイカーではあるし、そのたびに振り回されているけれど、たまにはこういうイベントも悪くはない。
「そういえば、竜人族のお肉なんてまだ研究もされてないだろうし、人魚の肉を食べて不老不死になるようにカクも変な事が起きちゃったりしてね~」
まぁ、それはないと願いたいが。
そんなわしらのお休みの日。
今日もまた、緩い一日になりそうだ。