※モブを痛めつける話なので暴力シーンが多いです。ご注意を。
「カク、あのね。……あの、…………最近知らない人が、誰かが見ているような気がして、怖くて」
そういって怯えた様子でわしの手を握って伝えてきたのは、彼女が学校を休み始めておよそ三日後のこと。触れられた手のひらはやけにひんやりとしていて、小さく震えていた。
マンション前。他の住人がオートロックの扉を開けたタイミングで中へと入ると、防犯カメラ作動中というシールが張られたエレベーターに乗り込んで9階のボタンを押す。僅かな揺れを感じながら9階に到着すると静かに扉が開いたので、エレベーターから出て、一番近い家の部屋番号を確認して、目的地としている部屋番号を探して歩みを進めていく。幸いなことに住人達の姿はなく、目的地へとたどり着くと帽子を目深にかぶってから扉の前で内インターホンを鳴らした。
「……はい。」
「あ、すみませーん宅急便なんですけど。」
「あぁ、はい。すみません、今あけます。」
インターホンから返ってくる声はあまり抑揚のない不愛想な声で、対してこちらは愛想よく・気さくに言葉を返すと、それ以上の言葉は途切れてブツンとインターホンの電源も切れてしまった。わしは改めてもう一度辺りを見回して人が居ないことを確認すると、扉が開いたタイミングで顔を覗かせた男の腹を踵で押すようにして蹴ってからわしはいよいよ男の部屋の中へと入って、鍵を閉めた。
「エントランスにあるインターホンが鳴らずに、いきなり内インターホンが鳴っておかしいとは思わんかったのか?不用心じゃぞ~、こうしてわしのような者が入ってきてしまうからのォ。」
鍵を締めたあと男が痛みを訴える声を上げるが、インターホンの電源を切っていることも、此処が足音も響かないような防音性の高い場所であることも確認済みだ。扉を開けるや否や腹を蹴られた男は、一瞬何が何だか分からないようだったが、部屋の中に侵入してきたこと、暴力を振るわれていることを認識すると酷く怯えた表情を浮かべて、ぐるりと床に四つん這いになってゴキブリのようにリビングの方へと逃げ出したので、わしはその体を追いかけて、その背中を踏んずけた。
「ひ、ひい…ッ!な、何なんだ…ッ警察ッ、警察呼ぶぞ…ッ!!」
男の情けない声が上がる。四つん這いで踏まれて泣き言をいうだなんてなんて無様な男なんだ。男を踏んだまま一度リビングを見渡せば一人暮らしの男の部屋は綺麗に片付いているように見えたが、長テーブルの上には”はじめての同棲”や”結婚するときに読む本”といった色恋本が乱雑に摘まれており、壁一面には同じ被写体が映った無数の写真が貼られていた。
「呼ばれて困るのはおぬしじゃないか?」
わしが問いかけると男はぐうっと言葉を詰まらせる。そりゃあそうだ、男が付き合ってもいない、ましてや、まだ高校も卒業していない女子生徒の盗撮写真を貼って、結婚に向けた本を読んでいるのだから。よくもまぁこれだけ集めたものだと感心する反面、無性に腹立たしくなったわしは男の頭を足の裏で踏んで、足で煙草の火を踏み消すようにぐりぐりと地面に押し付けてやれば、男はまた汚い音を零しながら肩を戦慄かせた。
「……さて、これを見れば火を見るよりも明らかじゃが、あえて聞いておこうかのう。おぬしじゃな?最近こそこそと○○について回っとる鼠は。おかげで〇〇は怯えて学校にも行けておらんし、困っとるんじゃ。」
「〇、〇〇ちゃん?!お、お前あの、〇〇ちゃんにいた男だな?!!い、いつも隣にいて邪魔なんだよ!!」
〇〇について問いかけるだけではなく、私生活の状況を見せると予想通り男は嫉妬に狂ったように吠える。全く、今この状況を理解しておらんようだ。怒りに震えた男は豚のようにぶひゅうぶひゅうと汚く鼻息を荒くしながらわしの足を振り払って、無理に起き上がろうとしたが、わしがそれを許すはずもあるまいて。起き上がろうと上げた頭をボールみたいに蹴っては男の体がテーブルの方へと跳んで、テーブルや、その上に置いてあったふざけた本などをなぎ倒しながら、体を倒した。そのため盛大にどんがらがっしゃんと音が上がってしまったが、まぁ打ちっぱなしのコンクリート製の家だからなんとかなるだろう。
「い、いてええええ、いてえよお!」
男の泣き声が響く。脳震盪も起こさずにいられる体の頑丈さだけは褒められる場所かもしれないが、元々マイナス評価だったものがちょっとのプラス評価で変わる筈もなく、わしはゆっくりと近付くと彼の前で膝を折って蹲踞しては、汚らしく鼻水を垂らして涙を零す男の顔を見て口角を吊り上げた。
「うるさいのう、男がそう簡単に喚いてどうするんじゃ」
「こ、こ、こんなこと許されると思って…!」
まだ自分の立場を理解していないらしい。こちらを指さす男を見つめたわしは小さくため息を吐き出すと、伸ばした人差し指を包むように握り込み、ぐぐぐと指だけを上に向けて力をこめれば骨がミシミシと音を立てるのが分かる。
「何か勘違いしておるようじゃなぁ…これは確認でもやめてほしいというお願いでもない。警告なんじゃよ」
ミシミシと立てる音は続き、やがて、ボキンと渇いた音が響いたかと思うと男の指が不自然に天を向いて、「ひぎいい!!!」という男の声が上がった。
「おぬしもまだまだやりたい事ぐらいはあるじゃろう、それにほら、ああ、なんだったか、隣町に住むおぬしの妹さんやご家族も、まだまだやりたい事くらいはあるじゃろうしなぁ」
分かるじゃろう?わしがそういってご愛想程度に笑むと、男はもう何も言えなくなったようで口をはくはくと金魚のように開閉させて、きついアンモニア臭を放つ液体で股と床をじわりと濡らした。まぁ、これだけ言えば彼も”分かってくれるだろう。”
「覚えておくんじゃな、おぬしが○○を見ている時、わしもおぬしを見ているのだと。」
わしは液体を避けるように立ちあがると、無数の盗撮写真が貼られた壁へと歩みを進めて、その中でも暖かな日差しのように微笑む写真を一枚壁から取ると、小さく笑ってからその場を後に踵を返した。
「あれ、カク。どこにいってたの?」
「ん、ちょっと野暮用じゃな」
帰宅すると丁度夕食が出来た時間だったようで、〇〇の隣に腰を下ろすと〇〇は不思議そうに首を傾げて、わしの回答を聞くとふうんと鼻を鳴らす。事件が解決したことを知らない事もあり、彼女の顔色はあまりよくはなかったが、夕食に好物のカレーが出たことで少しばかり気が紛れたようで、〇〇は手のひらを合わせると大きめの人参を掬って、ぐあ、と犬歯の目立つ口を開いてから一気に頬張っている。それがなんだか、おかしくて、愛おしくて、ついつい見ていると、口をむぐむぐと動かした〇〇と目があって、人参を飲み込んだ〇〇が訝し気な様子でわしを見つめた。
「………何よ」
「ん?」
「いや、なんか、ずーーーっと私の事見てるから」
「いやぁ、うまそうに食べておるなぁと思って、の!」
言いながら彼女の皿に鎮座していたひときわ大きい肉をスプーンで掬うと「あ!!ちょっと、私のお肉!!」という悲鳴に似た声があがる。
「わはは、礼としてなら安いもんじゃろう」
「礼って意味わかんないんだけど…?!!」
ぎゃんぎゃんと抗議をする〇〇を無視して肉を頬張ったわしは、〇〇の悲鳴と、「うるせぇ!静かに食え!」というジャブラの声を聴きながら、またいつもの日常が帰ってきそうだと笑ったのだった。