可愛い親戚の子

 仕事もないたまの休日。カクも休みだったらよかったのだけれど、事務作業があるとかで心底うんざりとしている彼を置いて宿を出た。場所は海にほど近い田舎村。潮風が吹き抜ける風は心地よく、私は宿屋を出てすぐに両手を天に向かって突き上げ、ぐっと背筋を伸ばしながら伸びをした。

さて今日は何をしようか。なんだかんだで休日は誰かしらと遊んでいるため、完全に一人オフの日というのは久しぶりかもしれない。とはいえ、いま居るこの村は娯楽施設なんて本屋と酒場しかなく、腹ごしらえはあとにしてまずは本屋に入ってみると、需要の少ない村の本屋とだけあって販売されている本はどれも日焼けした少し状態の悪いものが多いようだった。

 日焼けしたものが多いということは、それだけ需要が少なく長い年月の間並んでいるということで。並んでいる本もいま流行りの本は少なかったが、名作が並ぶ本棚は本好きとしてはたまらないものだと思う。並ぶ本を上から下に見て行けば、途中で随分と前に気になっていたが読めずじまいだった本を見つけ、「……あ、これいいかも」と独り言を零しながら目線上の本棚へと手を伸ばす。
しかし私が小柄なのが良くないのか、それとも本棚が高すぎるのか背伸びしても手が届かずに、ぷるぷると指先が震える。

「…ん……っ、あと少しなのに……ッ」

 月歩を使うには狭すぎるし、かといって翼を広げて飛ぶには天井が低すぎる。これぐらいの高さが一番厄介だと本棚に胸を押し付けるようにして、爪先立ちまでして手を伸ばすが、やっぱりあと5cmほど足りずに指先は空を切るばかり。

「これか?」

 その時、私の背後――すぐ近くから低い声が響いて、私の体は影に飲まれた。
 穏やかさを含む低いバリトンの声に香のようにふわりと上がった煙草の匂い。それを辿って振り返ると其処にたつ人物に思わず彼の名を小さく零した。

「……ベン・ベックマン……さん。」
「よお、久しぶりだな。サイファーポールの嬢ちゃん。……しかし、どうしてまた恋愛小説を?」

 ほら。と差し出された本。ベン・ベックマンは差し出しがてら本のタイトルを見ては、く、と喉奥で笑うので、羞恥でじわじわと体温が高まるのを感じる。だってそうだろう。二十歳を越えても恋愛小説を見ていることを知られるだなんてあまりにも恥ずかしいじゃないか。このまま普通に返答をして恋愛小説の話題を広げられても恥ずかしいだけだと、別の話題を探すべく、頭をフル回転させていたところ、目の前でゆらゆらと揺らぎながら天井に上がる細い白煙に気付く。
 ベン・ベックマンが薄い唇で咥えた煙草の先から上がる細い白煙を見た私は「…ッ、あの、ここ、禁煙ですよ。」と苦し紛れに話題を変えては、手のひらを伸ばして人差し指と中指で彼が吸うたばこを挟んだ。

すると彼は唐突とも言える行動に薄く目を開いたようだったが、その瞳が細まるのと同時に手のひらに柔らかい感触が触れる。次に響いたリップ音でこれがキスなのだと分かると、じわじわと高まっていた体温が一気に燃え上がり、私は動揺から「へ、あ…っ?!」と間抜けな声が挟んでいた煙草と一緒に落ちる。

「はは、相変わらず可愛い反応をしてくれる」

 そう言って目元を和らげて紡がれた言葉は穏やかで、彼が女性に対して手慣れており遊ばれているのだとすぐに理解できたが、分かったところで色気を含んだお遊びに慣れていない私が動揺を消せる筈もなく、後ろに数歩よろけるようにして後退った私は、震えながら足元に落ちた煙草を拾って手のひらで思い切り握りしめた。

「あ、おい、それまだ火がついているが」
「だ、いじょうぶです!あの、わ、私は失礼します!おじさん、これ、この本、お代」

 手のひらでじゅうと音を立てる火。ちょっとした熱を感じたが動揺が上回り、私は店主に恋愛小説を見せると本代を押し付けるようにしてポケットに入っていたお札を数枚渡して店を飛び出した。背後からは「おおい、これじゃ多すぎるが」と店主の声が聞こえたが、いまこの場を離れられるのであればもうなんでもよかったのだ。

 しかし彼がこの村にいるということは、他の赤髪海賊団がいるというわけで本屋を出た先でばったりと遭遇してしまった私。そして私を見つめる船員たち。

「ん?サイファーポールのお嬢ちゃんじゃないか?」
「シャン、クスさん……」

 彼の背後を歩いていた仲間たちも私の顔を見るや否や「お、本当だ」「いやーいいとこに会ったな」なんて声を弾ませる。前に出会ったときはサイファーポールが一体何の用だと刀を抜こうとしたくせに、私がうっかり「負け戦に挑むほど馬鹿じゃないですよ」なんて言ってからこの反応だ。和気あいあいといった様子で警戒なんて色もなくに近づいた彼らは、私の顔が赤い事に気付いて首を傾げた。

「なんだ顔が赤いがどうした?熱か?」
「熱?おい、大丈夫か?」

 おれが見てやろうか、とホンゴウさん。その優しさがありがたいけれど、今のわたしにとってはその優しさがつらい。じいっと此方を見るホンゴウさんから視線を外して「ちが、ちがいます」と答えると、彼らは一瞬目を瞬かせたかと思うと「何かあったな、これ。」と呟いた。

「違いますってば!もーーー、なんで毎回私に絡んでくるんですかぁ!」
「いやァ、嫌がられるのが新鮮で」
「あなたたちと一緒にいると私怒られちゃうんですって」
「可哀そうになぁ」
「じゃあもうさよならでいいですね、はい、さよなら!」

 さっさと切り上げたかった私は、そういって踵を返したつもりだったが、気づけば樽のように担がれていて私は「も~~~~~~っ!!!」と怒りながら声を上げるしかできなかった。ああ、もう、折角のオフなのに!
その後、酒場でカクが迎えにくるまでさんざん弄られ、飲まされ、愛でられたことは言うまでもない。