思春期デビュタントは終わる

 時計の針がぐるりと回って、指し示した深夜帯。
 いつだって、待つ側というのは退屈なもので、合鍵を手にカクの部屋に忍び込んだアネッタは、暫く暇をつぶすように本棚からいくつかの本を持ち出して、共にベッドに潜り込む。しかし、いくら暇とは言えど、カクの部屋に置いてある本はどれも小難しいものばかりで、すぐに飽きてしまった。

 ───おおかた、こんな感じだろうか。

 ベッドの上で毛布に包まって眠るアネッタの隣に、いくつかの本が置いてある。どれも彼女が読むにしては難しい題材を取り扱ったものばかりで、開いている頁も随分と序盤だ。残した痕跡は、彼女の行動を考えるには丁度良く、痕跡をもとに彼女の事を考えると、なんだか笑えてしまった。
 それにしても、異性のベッドで眠るとは。確かに、いつでも来て良いと合鍵を託したが、年頃の女にしては無防備すぎる。一方で、多少なりとも彼女の来訪に嬉しく思うのはもはや惚れた弱みなわけで、眠る彼女へと近寄って、そっと頭を撫でる。

「ただいま」

  すると、伏せられた長い睫毛が上を向いて、カクの姿を捉えると、ふにゃふにゃと芯のない緩い笑みが「かく」と短く呟いた。

「ん、すまん。……起こしてしもうたか」

 手の平は柔らかな髪の毛を撫でる。ウェーブがかかったふわふわのそれは柔らかく、特に意味なんてなかったけれど、彼女の髪の毛の束をひとつ掬ってそこに唇を押しあてると、眠たげな瞳が瞬いて、「……ふ、ひっ……王子様、だ、あ……」と笑った。

「そうか?」
「ん……、……かっこいい……」

 ふにゃふにゃと緩んだ目元。頭は殆ど働いていないのだろう。普段よりも蕩けた瞳は此方を見上げたあと、「王子様、可愛いお姫様はいた……?」と問いかける。カクは「うん?」と聞き返すように首を傾げたが、なにか寂しさとはまた異なる感情を乗せた瞳はすぐに伏せられてしまった。

「ジャブラがね…、ああいう場では……縁、談を申し込まれることも…珍しくないんだ、…って……」

 彼女が呟いた言葉は、静まり返った室内に寂しく響いた。
 ただ、先のとおり彼女は寝起きで、殆ど頭が回っていない。だから、彼女の真意を尋ねようにも気付けば彼女は眠っていて、閉じられた瞼がもう一度開くことはなかった。

「………やきもち、かのう…」

 それとも、単に寂しかったのか。
 彼女が眠ってしまってはその真意は問えず、静まり帰った部屋のなかで彼女の小さな寝息だけが聞こえる。
 カクは思う。もしも彼女が自分と同じ気持ちだったらどんなに嬉しいだろうかと。しかしタラレバを考えたところで何かが変わるわけではない。彼はブローチを外してサイドテーブルの上に置くと、ネクタイを緩め、上着を落して彼女の眠るベッドの上に寝転んだ。

 彼女が同じ気持ちなのであれば。

 眠る彼女の腰に腕を回して、そっと抱き寄せると、ふわふわの髪に口元を埋める。

 もしも、彼女が同じ気持ちなのであれば。
 そんなことを考えると、胸がじんわりと暖かくなって、カクは重たくなる瞼に抗うことも出来ずにそのまま瞼を閉じた。

 なんだか、今日は良い夢が見れそうな気がする。