「アネッタ。いい子にして外で遊んでくるか、鳥かごに入れられるか……どちらか選んでいいぞ」
そんな言葉に背中を押されて、部屋を飛び出した午前十時過ぎ。昼寝をするには少し早いし、勉強するには難がある。これまた別室で、出ていく代わりにと貰った豆を食べながら、板張りの廊下を滑空するように飛んでいると丁度曲がり角でジャブラの姿を見つけた。手に持っている釣り竿と道具箱、それから歩いている方向を見るに、甲板にでも行くつもりなのだろう。
つまりは今、暇ってことだ。
なるほどなるほど、いいところに遊び相手がいたものだ。
私はホバリングするようその場で翼を細かく動かして空中で停止すると、まるで獣が狙いを定めるようにお尻を挙げてふりふりと揺らす。それから、ジェットスタートよろしくビュンと大きく翼を動かしてジャブラの耳に下がるピアス目掛けて飛んでいくと、あともう少しで触れられる!…というところで、目の前にぬうっと現れた大きな手のひらが、私の頭を捕えた。
「っきゅう!」
「……毎回毎回ピアスを狙ってきやがって、テメーはカラスか!」
「竜だが?!」
「馬鹿、知ってるっつうの!!!」
そういうことじゃねぇんだよ、とジャブラ。
しかし、なんだかんだその毎回の行動を許してくれるのだから優しいもので、いまも頭を掴んだ手を緩めるかわりに首根っこを掴むと、特に放り投げるわけでもなく、肩の上に乗せてくれた。ああ、こりゃあ楽でいい。がったんごっとんと揺れはするけれど、羽を動かさなくて良い分疲れることはない。そうして特に何をするでもなく尻尾を揺らしながら、ジャブラブルは甲板へ。
途中、ジャブラの耳元がきらりと光る。見れば、耳元にはいつも通り見慣れた金色のフープピアスがあるのだが――何かいつもよりも煌めきが強いような。不思議に思い、鋭く尖った黒爪でつんつくと突いて「ねぇねぇ、ピアスって前からこれだったっけ」と問いかけると、「お、分かるか?」と機嫌の良い言葉が帰ってきた。
「よくわかったな。これきのう新調したんだよ」
「やっぱり?なんかいつもよりキラキラしてたから…こっちもいいねぇ」
「だろ」
「…、……えー…いいなぁ、私にお土産のピアスは?」
「いまの身体でどこにピアスをつけんだよ」
「……、……お腹とか?」
「穴あけれんのか?」
「うわ……いまひゅんってなった」
「どこにひゅんとするものがあんだよ」
ジャブラが呆れたように言う。まぁ確かにひゅんとするものはないけども、でも確かにひゅんとしたのだからいいじゃないか。大丈夫、ここに穴を開けることはないからね。なんて、もちもちのお腹を触りながら、ついでに開いた片手でもう一度金のピアスを弄ると、こそばゆいとジャブラの肩が揺れたのちに足が止まった。
「んだよ、そんなに気になるか?」
「え?あぁ、うん。普通にいいなーと思って……」
「出たよ……末っ子の欲しがりが。なんでも羨ましがりやがって」
「だってさーこの身体じゃ御洒落なんてできないし、なんなら素っ裸だよ?」
「すっぱ………」
「あ、想像したでしょ」
「してねぇ!!」
クルル…と喉が笑う。人間というのは図星を突かれた時ほど声が大きくなるものだ。
「…おい、お前あのピアスはどうした」
突然、ジャブラが尋ねる。
「ピアス?カクに預かってもらってるよ」
「カク?あー……成程な」
ジャブラは少しばかり考える素振りを見せた後、踵を返してカクの部屋へと。カクはジャブラの来訪に少しばかり驚いたような顔をしていたが、肩に乗る私を見て、また良からぬことでもしているんじゃないだろうな、と言いたげな視線を向ける。
可哀そうに、彼には信用という言葉がないらしい。
とはいえカクの視線があんまりにもちくちくと刺さるので、ジャブラの首元に隠れたが、ジャブラは気にも留めた様子もなく私のピアスを預かると早々に部屋を出た。
ピアスに釣り道具。結びつかないそれに、一体何をするのだろうと思ったが、ジャブラは特に何も言わなかった。外は今朝方よりもうんと高く昇った太陽が眩しく、駆け抜けていく風が頬を撫でて、ジャブラの髪を悪戯にゆらゆらと揺らして去っていく。うん、いい天気だ。
ともすれば、やっぱり釣りでもするのかと思ったが、釣りにしては先ほどのピアスの受け取りが意味不明だ。まさか釣りの餌に?いいや、釣りにピアスなんて聞いたこともないし、ジャブラも人のピアスを釣りに使うほど鬼ではないはずだ。……多分。恐らく。メイビー。ただ、いくら言葉を並べても答えは出ずに、ただ不安感が募るばかりだったので、ジャブラの腕をすべり台のようにして滑って道具箱を覗くと、まだ何にもしていないのに「おう。お前は大人しくしとけよ」と釘を刺されてしまった。
「な、なんにもしないですけど……」
「本当かよ?」
なんでカクといい、ジャブラといい私を信用してないんだ。理不尽ですって顔で、ウウウと唸ってみたが、ジャブラが不思議そうな顔で「なんだ腹でも痛いのか」と問いかける。違う、そうじゃない。
「違いますぅ~、…というか一体何するの?」
「見てりゃ分かる」
「今のところは私のピアスで釣りすんのかなって感じ」
「ぎゃはは!ど畜生じゃねえか!!」
いや、でも案外光に反応して釣れるか?とジャブラ。それがあんまりにも真剣そうだったから、「だ、だめ!」と声を上げると、ジャブラはげらげらと肩を揺らしながら「分かってるっての」と笑って道具箱を開いて、中にあるナイロン製の丸紐の束を取り出した。
ただひとまとめにして縛っているだけのナイロン製の丸紐の太さはおよそ四ミリほど。テントロープとしても使われるそれは、てらてらとした光沢のある金色に黒のまだら模様が入っていて、なんだかヒョウ柄のよう。ジャブラはそれを解いて私のフープピアスを通すと両端を合わせてひもの中心を折ってから「おい、アネッタ。お前ここの部分持ってろ」と折った中心を差しだすので、やっぱり釣り道具にされるんじゃ…と躊躇していると、それを見透かしてか「釣りにゃ使わねぇよ馬鹿」とジャブラが笑う。
「これでいい?」
「おう。このまま持って大人しくしとけ。」
爪に絡めて握りしめるとジャブラは頷いて、両端を持って編み込み始める。まずは右の紐を左の紐の上に絡めて次は上部で下に通して……うん、知識のない私にとってはさっぱりだ。三つ編みじゃないってことだけは分かる。
編み込み編み込み。ジャブラの手は私よりもずっと大きいのに、ちまちまち器用に編み込む姿はなんだかおもしろくて、紐とピアスを握りしめたままジャブラの膝の上に座らせてもらってそれを眺めていたのだが、ジャブラは恐ろしく手慣れていた。ナイロン紐は1メートルもあったというのに恐ろしい速さで編み込まれていき、そうして、とかその後、とかそんな場面転換なんて必要なく、10分足らずで端っこまで編み終えてしまったのだ。
「すご……」
「そうか?」
「凄いよ、めちゃめちゃ早かったし綺麗だし…でもこれって――」
ジャブラは聞き終える前に、出来上がったものを私の首に回して後ろで留める。どうやら彼は、私用のアクセサリーを作ってくれていたらしい。先につけられてしまった上に鏡もないので、自分からはうまく見えないけれど、私のために作ってくれたものというのはなんともこそばゆい。間違いなく、嬉しいんだと思う。嬉しくて、心がぽかぽかして。それを傷つけないよう爪先ではなく、手のひら部分で触ると思わず頬が緩んだ。
「気に入ったかよ」
「へへ……気に入った……あ、でも私こんなんだけど千切れないかな」
「んなの折り込みだっつの。ナイロン紐は耐久性あるから、お前がよっぽど馬鹿で間抜けなことをしなきゃ大丈夫だろ」
「おや…?いま私のことディスった…?」
「ぎゃはは…!さあて、どうだか。…あぁ、それと、そいつはサバイバルブレスレットつって紐一本で作ったものだから、端っこを解けば緊急時にも使えるから覚えとけよ。」
色身があの化け猫風なのが気にくわねェが。そう言ってジャブラのごつごつ指が私の顎下を撫でると、無意識にクククク……と喉が鳴る。
「ジャブラ」
「あん?」
「ありがとう!すっごく嬉しい」
弾ませた言葉にはいろんな感情が乗っていた。喜びだとか、嬉しさだとか、大切にしたいなっていう想いだとか。だからそれらを全部盛りした言葉というのは、もしかしたら子供じみたものだったかもしれないが、ジャブラは存外照れたような、そんな表情を見せると「ま、これで我慢するんだな」と頭を掻きながら、いつもよりもぶっきらぼうに呟いた。
次の航路も決まり、事務作業も終えた頃。そろそろアネッタと遊んでやるかと甲板に出た先で、釣りもせずに大きな鼻提灯を作って眠るジャブラと、その隣で仰向けに――いわゆるへそ天状態で眠るアネッタを見つけた。
まぁ、今日は比較的暖かい日だ。きっと遊んでいるうちに眠ってしまったのだろうが、それにしてもなんて無防備なんだ。
ぐーぐーと、ぷーぷーと。二種の寝息は耳に隣に腰を下ろしたわしは、アネッタの首元にある、スネークノットという手法で結われたサバイバルブレスレットの存在に目を細めた。中心部にあるピアスは恐らく先ほどジャブラに預けたアネッタのものだろう。ジャブラがアネッタのピアスを寄越せといってきたときには、釣り竿を持っている癖に一体なんに使うのだと思っていたが、これを作る為だったのか。
普段ならばここで嫉妬でもしているはずなのだが、ぐーぐー、ぷーぷーと響く間抜けな寝息が、ちっぽけな嫉妬を潰す。なんだか途端に馬鹿らしくなって、アネッタの頬を押してみたが「んお…」と呻くだけで起きる気配もなかったので、余りのナイロン紐に手を伸ばして、暇つぶしでも始めようか。
彼女が起きた頃にはスネークノットよりも複雑な編み方で編んだ首輪が二つほど。ジャブラは「おれが作った奴よりもすげぇのを作るんじゃねぇ」と言いそうなものだが、まぁ、ただの暇つぶしなので許してもらいたいものだ。