小さな竜はもこもこになる

 彼女は竜で、竜人族で。そんな彼女が手のひらほどの竜になったのはセントポプラを出港した後の事。まぁしかし、本来のサイズならいざ知らず、手のひらほどの竜というのは何となく可愛いもので、彼女は人間に戻れないながらも何となく可愛がられ、何となく愛でられていた。


 そんな中さらに異変が起きたのは、ちょうど冬島へ辿り着いた頃合いで、しんしんと降る雪によって甲板が雪化粧を纏った頃であった。

 数時間の見張り番を終え、フクロウと交代をしたあとに室内へと戻る。体は驚くほどに冷え切っていて、ひとまずホットミルクでも飲んで温まりたいところだが、そういえば夏島を抜けて寒いところは得意だと元気いっぱいであった彼女の姿が消えないことに気付いた。しかし、彼女の部屋を訪ねても姿はなく、であれば自室だろうかと隣の部屋に戻るも姿はない。
 中央に置かれた丸テーブルの上に置かれた果物籠を使った簡易寝床にも姿はなく、くしゃくしゃに丸められたお古のTシャツだけが残されている。

 はて、何処に行ったのか。残されたシャツに触れても温もりは無く、特に此処で寝ていたわけでもないようだ。となると、彼女がよく遊び場にしている食糧庫だろうか。
 そんなことを思いながら最後にもう一度辺りを見回していると、視界の端になにか白い靄のようなものが映る。咄嗟に振り向きざまに握った拳を向けると手の甲に固いような、柔らかいようなものが触れると同時に「ふぎゃ!」という声が床へと落ちて、その感触と声に思わず目を丸くした。なんせ、この声は──。

「いたぁい!」
「……、……アネッタ?」

 硬い床でふぎゃふぎゃと喚くそいつは、どう見てもアネッタであった。ただ、疑問符が最後についてしまったのは、普段は岩を纏ったごつごつイガイガの彼女が、何故かもこもこの真っ白な毛を生やしていたからで。どことなく白いテンを彷彿させるふさふさの毛が生えたその姿に、あんぐりと口が開く。

 アネッタはふさふさの白い毛に覆われた手で殴られた頭を摩り、不機嫌に尻尾をぺちぺちと床に叩きつけて「いたぁ……」と零していたが、手を出してやれば彼女は翼を動かして飛び上がる。それから手のひらの上に乗ってぺたんと尻をつけると、彼女は落ちないよう折り曲げた指にその白い毛を摺り寄せる。ふさふさもこもこと触れる白い毛は暖かいが、普段は毛なんて生えておらず、どちらかというと爬虫類のような手触りなのにどうしてこうなったのか。


「これは一体……もこもこじゃな……」

 いや、いいや。問いかけた瞬間、手の上でおどおどと目を逸らして、さらにはへらへらと笑っているあたり、彼女には心当たりがある筈だ。わしは空いた片手で彼女の頬を指先で撫で「今回は何をやらかしたんじゃ」と尋ねる。それを受けてぎくりなんて肩を弾ませた彼女は、明らかに媚びるように、頬を撫でる指先にきゅっと抱き着いて頬を摺り寄せると「えへ」と笑ったが、こうもトラブルメーカーであると可愛いなんて言ってはいられない。
 ひとまずテーブルに備え付けられた椅子に腰を下ろして、果物籠の簡易寝床に下ろしてやれば、彼女は良いポジションを探すように右に回り、左に回り、それから中にいれたわしのシャツをふみふみと踏んづけた後、ようやく寝転んで此方を見上げた。

「……怒らない?」
「……内容によるじゃろ」
「ひいん……あ、あのねぇ、さっき食糧庫で遊んでたらなんか美味しそうな果物が木箱にあったから……食べたらこうなっちゃった」
「……果物?」
「うん……なんかねぇ見たことない奴だった」
「なん……っで見たことないものを躊躇なく食べられるんじゃ……!」
「ちゅ、躊躇はしたよ…?」
「食べたら一緒じゃ!」
「くう……」


 まぁ、死に至るような果物でなかったのなら良かったが、それにしたって果物一つ食べてこうなるとは。手持無沙汰に、近くに転がっていた噛み痕のついた鉛筆を手に取るとアネッタの方へと手を伸ばす。彼女は一瞬、きゅ、と瞼を閉じて身を強張らせるが別に傷つけたいわけではない。

 安心させるよう彼女の顎を擦り、それから強張った身が和らいだのを見計らってころんと仰向けに転がしてやると、彼女は心地よさそうにクククク…と喉を鳴らして、いつものように鉛筆にかぷっと食らいつく。そうして鉛筆を後ろ脚で蹴り蹴りと蹴って遊ぶ彼女に向けて、「……それで?一体どんな果物を食べたんじゃ?」と尋ねると、彼女は足を止めてウウンと首を捻った。

「なんかね、白くてドリアンみたいにイボイボしてて、それからバナナみたいににょろーっと長くて…あとはスイカみたいに縞模様がついてるやつ」


 見た目はちょーえぐいやつ!と笑うアネッタ。
 であればなんでそれを食べたんだと思ったが、まぁ食欲旺盛な彼女だ。見た目がどうであれ、お腹がすいていたのだと思う。

 それから彼女が言った果物の見た目から推察するに、恐らく彼女が食べたものは恐らく発毛作用のあるものだろう。以前は発毛剤に使われていたそうだが、強い効果を発揮するものの持続時間は二十四時間と短い事で詐欺だなんだと騒ぎになっていたように記憶しているが、摂取したことで死に至る事は無いはず。であれば特に気にする必要はないが、「もふもふだからカクが触ってもいたくないね」なんて言う彼女を見ると、なにかコンプレックスを抱いているのだろうかと首を傾げてしまう。


 確かに手のひらで触れた体はふわふわのもこもこで手触りは良い。ただ、手触り云々で別に優劣を決めた事は無い筈だ。そう思えど、あくまでそれは此方からの感情で、彼女の捉え方は違うのかもしれない。歯がかゆいのか、それともお遊びか、かみかみと鉛筆を噛む彼女から鉛筆を取って彼女の頭を撫でる。それから彼女の体を優しく撫でると確かな温もりが伝わって「そうじゃの、暖かいのう」と言うと、彼女は嬉しそうに笑んだ。

「でしょ!ふわふわでもこもこだから…その、みんなも……」
「……まぁ、でもわしはお前がもこもこでも、もこもこじゃなくてもどっちでもいいがのう」
「っでも!……でも、冬はあったかい…し」
「……暖かさが欲しいのならば、毛布でもなんでも使えばいいだけじゃ」
「……、……そうかなぁ」
「そうじゃ、わしはお前がお前であればええ」
「……そっか、…へへ…えへへ……」

 彼女の尻尾がぱたぱたと左右に揺れる。手のひらにぐいぐいと押しあてられる頭は岩を纏っているのでふわふわではないが、それでも除いた金色の瞳が煌めきを取り戻せば、どうしても自分は彼女に甘くなってしまうのだ。

「それに、お前がこのままふわふわになってしまったら作り直さなきゃいけないものがあるのう」
「?作り直す?」


 彼女から手を離して、テーブル近くにある背の低いサイドテーブルへと手を伸ばす。そこには薄い布がかけられており、それをひょいと上げると彼女を模した木彫りの置物がある。それを手に彼女の傍へと置いてやると、ぱたぱたと揺れていた尻尾がピンと上に伸びて「わあ!すごい!これ私?!」と嬉しそうに言葉が弾んだ。

「そう、海上生活の暇つぶしに作ってみたんじゃが…どうじゃ、上手いじゃろう」
「うん!わー……やっぱりカクって手先が器用だよねぇ…」
「っとこらこら、顔を近付けすぎじゃ」

 とはいえこれはまだ完成品ではない。折角なのでこのまま作ってしまおうかと彫刻刀を取って刃先を当てると、アネッタがフンフンと鼻息荒く鼻先を近付けてきた。それを手首で軽く下に押し付けると「ッキュ」なんて間抜けな声が響いていたが、それでも気になるらしい。彼女は果物籠の縁に手をかけるとじいっと見つめ続けていた。
そりそりと、そりそりと。木材を削る音が響く。彼女はそれを見つめたままで「ねーねー、これができたら、この子が寂しくないようにキリンを作って!」と強請るが、それがあんまりにも可愛いおねだりだったので、なんだか笑えてしまった。

 その日の夜には、ごつごつの木彫り竜の隣にキリンが並ぶ。彼らが見下ろすベッドには小さな竜と、男が並んで眠っていたが、二人は幸せそうに身を寄せ合って寝息を立てていた。