偉大なる航路の前半に位置する世界政府の直轄地、エニエスロビー。柵で囲まれた島に降り、正門を抜けると、本島前門と裁判所の先にある離れ小島に、司法の塔というものが見える。離れ小島の周りには、島全体を守るようにぽっかりと黒い穴が開いており、底の見えない穴には沢山の水が流れ落ちていく。
そして、このエニエスロビーを統べるのは、世界政府直下の暗躍諜報機関CP9で最高指揮官を務めるスパンダムという男。――なのだが、この男は一体どういうわけか、各地に散らばった面々をこの地に呼び戻していた。
「みんなが揃うなんて、久しぶりだよねぇ」
人数分用意されたソファに腰をかけて、めいめいにスパンダム司令長官を待つ間、中でも若手であるアネッタがそわそわと肩を揺らして呟く。それを見て「こら、大人しくせんか」と叱ったのは、同輩であるカクという男で、彼は足を組んだまま息を吐き出した。
「何よぉ、大人しくしてるじゃない」
「一から言わんと分からんのか?黙っとれと言っておるんじゃ」
「だってさぁ、私とカクは常日頃一緒でも、全員集まるなんて半年ぶりなんだもん!」
浮かれたって仕方ないでしょ、とアネッタ。
確かに、彼女の言うとおり、任務に駆り出されて忙しない日々を過ごす彼らが揃うことは稀だ。浮かれる気持ちも理解出来なくは無いが、かといって司令長官室で浮かれても良いという理由にはならない。現にアネッタはこのCP9を束ねるロブ・ルッチから「黙っていろ」と一言貰い、ブルーノからは「直ぐに長官が戻ってくる」と釘を刺されていた。
まぁ、彼女は高い位置で束ねたポニーテールを揺らしながら「はぁい」というだけで、あまり反省の色を見せていなかったが。
しかし、その緩んだ空気が再度引き締まったのは、司令長官室の扉がノック音もなく開いた時のこと。この司令長官室にノック音無しに入るのはスパンダム本人、あるいはそれよりも上の立場の者しかいない。よって彼らは多少なりとも崩した体勢を整え、背筋を伸ばすと、部屋へと戻ってきたスパンダムへと視線を向けた。
「あぁ、なんだもう来ていたのか」
スパンダムは僅かに驚きを滲ませたが、全員が早くに揃って不都合なことはない。彼はすぐに機嫌よく口角を吊り上げると、まずは上辺だけの労いを向けた。
「……お前たち、ご苦労。今回は急に呼び寄せちまって悪いな」
しかしまぁ、付き人も無く、最高指揮官の立場で一体何処へ行っていたというのか。ここで誰一人として尋ねもしないあたり、スパンダムへの信頼が底知れるわけだが、彼は手にした書類の束を執務机に置くと一呼吸開けてみなを見渡し、そして静かに言った。
「今回呼び戻したのは他でもない、お前たちにやってもらいたい任務がある」
「……全員、ですか?」
一番に尋ねたのは、すらりとした長身美女のカリファであった。彼女は秘書官よろしく眼鏡をくいと上げたが、表情はどこか訝し気にも見える。
「あぁ。今回の任務はあの五老星からの最重要任務でな。依頼内容も一人二人じゃあ逆に効率が悪いってんで、全員を寄越すことになったわけだ」
五老星といえば世界政府の最高権力者だ。それが世界政府総帥を挟まずに、わざわざ最重要任務とまで銘打って任務を寄越したと言う事は、余程の訳ありなのだろう。当然、彼らに従う立場であるCP9に拒否権などある筈もなく、文句ひとつ帰ってこないことを確認したスパンダムは、執務机に手をついて悠然と語り始めた。
今回の任務は【古竜】と呼ばれる、太古から存在する竜の心臓を手に入れること。この心臓は非常に貴重で、何らかの力を秘めているようだが任務背景は不明。また、古竜の行方は掴めていない割に、期限は二カ月と非常に短く設定されており、正直なところ腑に落ちないし、無謀かつ無茶な任務だ。しかし、先のとおりこのCP9という組織は、従う立場であって拒否権は与えられていない。よって、人数分手渡された書類に目を通した彼らは難しい顔をしていたが、誰一人として嫌だと口にする事はなかった。
「――とまぁ、こんなところだがこれまでで質問がある奴は?」
「長官よォ、その古竜の行方が掴めてねぇのは分かるが、そいつがどこにいるのか、ある程度の目星はついてんのか?」
期間を考えると、何かしらのヒントは欲しいところ。スパンダムの問いかけを受けて、ジャブラが緩く手を上げながら尋ねる。
「いいや、それも掴めてねぇみてえだな」
「まじかよ……」
「チャパパー……調査に時間がかかりそうだー」
「よよォい!おっかさんじゃあなく、古竜を探して三千里にィなるとはァ、なァ~~~」
「三千里で済めばいいだろうが……」
スパンダムの返答を受けて呆然とするジャブラを他所に、フクロウ、クマドリ、ブルーノが順に零す。特にブルーノは難しい顔をしており、どうすれば古竜の行方が辿れるものかと思案していたが、竜人族と言う竜を絡んだ希少種族のアネッタを見ても「古竜ってどんな見た目なのかなー」と呑気なことを言って、カクに叱られている。ひとまず彼女に行方を掴む術は持っていなさそうだとスパンダムに向けて、次のアクションを静かに尋ねた。
「その目星と言うのは」
「ん、あぁ、社交界の方で心当たりがある」
戦闘能力も常人レベルで合理的。スパンダムは虎の威を借る狐という言葉がよく似合う男だが、この辺りのコネクションに関しては、群を抜いている。そんなコネクションに強い彼が、心当たりがあると言っているのだ。相手はそれなりの権力者であろう。
「権力者なら何かパーティにでも参加して当たった方が楽そうじゃのう」
「あぁ。丁度ソイツが主催するパーティが明日の夜に行われる。そこに参加して情報を集めるつもりだ」
そこまで言って、これまで静観していたロブ・ルッチが静かに尋ねる。
「権力者主催のパーティとなると……竜の夜会ですか」
「よく分かったな……そうだ、社交界でも重鎮と言われているアゼンタインという爺さんがどうにも竜を信仰しているようでな。社交界では不気味だ、変わりもんだと揶揄する奴も多いが、一方で竜に惹かれて信仰する奴らは少なく無え。……そうして生まれたのが通称――竜の夜会だ」
竜の夜会。それは先のとおり、竜を信仰している者を集め、交流することを目的とした夜会だ。スパンダムいわく、其処に寄りつくのはよほどの信仰者か、あるいは権力者であるアゼンタインに気に入られたいという下心からのようだが、なんにせよ竜を信仰する者が多く集うのであれば、此方が求めている情報がありそうだ。
スパンダムもそう考えているようで「今回の任務に関する情報もそこに集まっているとおれは考えている」そう言葉を続けると、周りを真っ黒に塗りたくられた瞳をアネッタへと向けて「……そして、そこで鍵となるのが、お前だ。アネッタ」と確信を持って呟いた。
「え、私ですか?」
「あぁ、お前は表向きにはすでに絶滅した筈の竜人族だからな。どんなに口の堅い奴らもお前を見せれば涎を垂らして口を開くだろうよ」
「……ええと…それは鍵というか……もはや誘き出す餌にされてません……?」
アネッタは金色の瞳を瞬きながら渋い顔を見せる。
瞳の中央にある爬虫類じみた縦長の瞳孔に、左こめかみ付近に連なった三本の角。そんな人間とは異なる要素を持った彼女は人目を惹く容姿をしている。そんな彼女がすでに絶滅したと言われている竜人族の後裔であると分かれば、竜を信仰している者は揺らぐ筈。
少なくとも、交渉の余地が生まれるほどには。
ジャブラは背凭れに体勢を崩しながら「はぁ、なんつうか胡散臭ぇ話だな……」と零していたが、それなりに筋が通ったシナリオだ。現に他の者たちもシナリオ自体に指摘を入れる事は無く、ただアネッタひとりだけが困惑を示していた。
「……いや、あの…別に交渉の材料にされるのはいいんですけど…竜を信仰する方に引き渡して、私生きて帰ってこれますかね……」
「……まぁ、そん時ゃ、竜の心臓ってことでお前の心臓だけは回収して、上に寄越せばなんとかなるだろ」
「えっ」
とんだとばっちりだ。アネッタも想定外のそれに言葉を濁らせて発言者のジャブラを見るが、周りの仲間たちもその手があったかという顔を向けていたし、スパンダムもまた「最悪の最悪はそうするか」と笑う。たまらず彼女は「ねぇ、冗談ですよね?!ねえ!」と縋ったが、彼らはようやく方向性が決まったと次の話題へと舵を切り「わしに一つ考えがあるんじゃが……夜会までに上質なエメラルドやルビーの原石を手に入れることは出来んか?」というカクの言葉に議論を重ねた。