朝から、幼馴染と会話をしていない。
気付けば夕刻時、ついぞ会話する事が出来なかったと思いながら下駄箱にあった手紙を指に挟んで靴を落とす。元々期待しちゃいなかったが封筒の裏面にある文字は見覚えの無いもので、それ以上中を見ずに外ポケットへと差し込んで、コンクリートの上を跳ねた靴を追う。しかし、そうやって普段以上に時間をかけたところで期待する者が来る事はなく、一体何をしているんだかと渇いた笑いを落としたカクは、ゆっくりと歩き出す。
「まさか先に帰ってしまうとはのう……」
そりゃあいくら幼馴染で、同じ養護施設に暮らしていても、日中のほとんどを過ごす学校では別クラスだ。起床時間や施設を出る時間が合わなければ会話が減る事も特におかしな事ではない。だが、今日はどうにもおかしかった。一限目前に借りていた教科書を返しに行けば離席中で、四限目を終えていつものように食堂へ行こうと誘いに行ったが姿は無し。移動教室時にもその姿はなく、結局放課後に迎えに行っても「アネッタならもう帰ったよ」と言われて、姿すら見る事ができなかった。
なんじゃアイツ。レアモンスターじゃあるまいし。
それとも、彼女の逆鱗に触れるような事でもしてしまったのだろうか。昨夜のことを思い返してみたが、昨日やったことなんて彼女のカレーに入っていた肉を一つ奪ったことくらいで、避けられるほどの心当たりはない。
どうせ帰宅先は同じだ。帰れば間違いなく会える筈だが、果たしてあのレアモンスターを捕まえる事は出来るだろうか。そんなことを思いながらも、久しぶりに一人となった帰り道。通いなれた筈の通学路は何故か普段よりも道幅が広く見えて、それでいて寂しく見える。売却と建てられた空き地には草がぼうぼうと生えており、こんなに背が高い雑草だっただろうかと思ったが、気付かなかったのはいつだって自分の視線は彼女へと向いていたからか。
「……、……わしも存外、いいや、今更か」
そう思うと、なんだかたまらなく彼女に会いたくなって足を止める。さっさと帰ってしまえばいいだろうに、何故かこの時は彼女の声が聞きたくなって鞄に入れっぱなしだった携帯からアプリを通じて発信すると、発信音が響く前に「カク!」と袖が力強く引かれて、後ろを振り返ることになった。
「………アネッタ?」
「っはぁぁ……よ、よかったぁ……追いついた!」
其処には、彼女がいた。それも此処まで走ってきたのか彼女は普段よりも血色の良い顔で、浅い呼吸のままゆっくりと息を吐き出して、それからもう一度吸い込み、最後に息を吐き出すと「一緒にかえろ」と笑った。
「……もう帰ったんじゃないのか?」
「うん?普通に待ってたよ?」
「お前のクラスに行ったときには、もう帰ったと言われたが」
「あ、トイレ行ってたからかも戻ってきた時に、帰ったと思って迎えに来たカクに帰ったっていっちゃったって謝られてさ、それで慌てて追いかけてきたんだぁ」
「ああ、……そういうことか」
「ふふ、今日はすれ違いの一日だったねぇ」
朝からこんなに話してないなんて初めてかも。そう言って、あっさりとこれまでの事は偶然であったことを示した彼女は、目元を和らげながら笑み「だから、一緒に帰ることが出来て嬉しいんだ」と笑った。
「……」
「……カク?」
暫くの沈黙の末に、アネッタが不安そうに此方を見上げる。袖を引いたのが良くなかったのであろうか。強く引いたことで形を崩した袖を見たアネッタは、「ごめんね」と申し訳なさそうな顔で袖口を撫でるようにして整えたが、当然そうではない。
カクはアネッタの顔を見て、それから汗ばんだことで張り付いた前髪を指先で掬うと、笑みを溢した。これこそが彼女から向けられた愛情の現れではないかと、そう思ったのだ。
「ん、いや、すまん、少し考え事をしておった。…ワハハ……汗だくじゃのう」
「だって慌てて隣のクラスいってさぁ、いろんなとこ探し回ってここまで走ってきたんだもん!」
「携帯は?」
「家に忘れた!」
「あぁ、そういうことか」
ころころと忙しなく表情を変える彼女を見て、また周りの風景に目が行っていないことに気が付いた。けれども彼女を前にして、彼女を見ないなんて事は出来ず、手を引く彼女につられて歩き出す。
彼女は言う。
「ねぇねぇ、ここ草ぼーぼーすぎない?手入れしなくていいのかな、空き地を買う人が草むしりするのかな」
しかし、それがあんまりにも自分と同じで、きょう気付いたような口ぶりだったものだから、カクは驚きに目を瞬かせたあと、緩む口元を隠すように手を添えた。