冗談のつもりだった

 世の中がクリスマスだなんだと盛り上がっていると、独り身で特に用事の無い自分は虚しさが募る。……いっそのこと、誰かを誘ってみようか。一番とか、サッちゃんとか。たまには趙だとか、ハンもいいかもしれない。寒空の下で取り出した携帯は冷たく、つるりとした面に粉雪が落ちる。
 十二月二十五日、クリスマス当日。これから誘うには遅すぎる時間帯。もしかした彼らも誰かとクリスマスを楽しんでいるかもしれない。そう思うと声を掛けることで水を差すのではないかと連絡も出来ず、結局いまある虚しさを紛らわせるために向かったのはカラオケバー・サバイバーであった。

「わあ……だあれもいない」

 サバイバーは、今日も閑古鳥が鳴いていた。ガランとした店内に響くクリスマスっぽい音楽と、温かな空気。マスターと視線が合うと、彼は肩を竦めて「今日はクリスマスだからな」と言ったが、言い訳のほかに何か慰めの雰囲気を感じたのは気のせいであろうか。

「クリスマスねぇ……」

 言いながら、マスターの前に座って今日のオススメを頼む。マスターには「居酒屋じゃあるまいし、そんなメニューはねえ」と一蹴されるものの、どうせ今夜は貸し切り状態なのだ。このくらいの我儘を言ったっていいじゃない。そんな適当な事を言うと彼は強面な顔のまま息を吐き出した。

「全く我儘な客だな……。……それじゃあクリスマスらしく行くか」

 乾いた息を落とす割に、彼が拒む事は無い。
 そういえば、材料を持ってくればお弁当だって、花束だって作ってくれると言っていたっけ。……今度、花束でも作ってもらおうかな。そんなことを考えている間、マスターは背後にあるワインを取って鍋へと入れていた。それからレモンを絞り、シナモンスティックを一本とクローブを数粒。中火でぐらぐらと温めたそれは見ての通りホットワインというものだが、しっかりと味付けされたそれは全く別の味わいになっている。加えて温かなそれは、芯まで冷えた心体を温めるようで両手でマグカップを包み込みながら息を吐き出した。

「あったかぁ……マスターこれ美味しいよ。これ冬季限定でメニューに入れてくれたりしない?」
「別に構わねえが……そんなに気に入ったのならレシピでも書いてやろうか」
「ふふ、私が作ると思う?」
「……野暮だったな」

 マスターの背後事情は詳しく知らない。けれど、このサバイバーに通い始めてそれなりの時間が経ち、それなりの仲にはなったと自負している。だから「クリスマスなのに一人だなんて、閑古鳥が鳴いてるね」と軽口を叩いても、彼は怒るどころか、いつもの穏やかな声で適当に流してくれる。

「いいや、今日はお前と二人きりだ」

 その低く落ち着いた声には、どこか歓迎の色が滲んでいる。もちろん、それがビジネスライクなものだという自覚はある。でも、だからといって冷たく感じるわけでもない。この空間でも感じていた虚しさはじんわりと和らいでいくのを感じた。
 つい気が緩んで、軽い調子で口を開く。

「……あーあ、それならマスターにデートのお誘いでもしちゃおうかなぁ。」

 冗談だった。冗談だったのに、マスターは一瞬だけ瞬いて、それから静かに息を漏らすように笑った。

「それじゃあ今日は、もう店じまいだな。」
「へ?」

 いつもは適当に流すのに、今日この時の軽口は流さずに受け止める。予想外の返しに零れ落ちた言葉は随分と間抜けで、それを見ていれば冗談だったという事も分かる筈。なのにマスターは「冗談だ」と訂正する事もなく手を拭うと、「さて、どこへ行こうか」と続けて、嘘偽りのない眼差しを向けた。