「オイ、お前」
実力主義の男社会であるガレーラカンパニーに、技術も無い小娘が放り込まれたのは少し前の事。身長はおそらく五フィート弱。自分と比べても小柄で華奢な身体は見るからに頼り無く、細い腕は到底丸太を担げそうにない。加えて、技術も無ければ知識も無い彼女を部下にしたいと名乗り出るほど余裕のある部隊は少なく、気付けば部署間で行う連携報告や倉庫の片づけなど、ろくに技術もつかないような仕事ばかりを押し付けられていた。
ついたあだ名は使い走り。なんとも分かりやすいあだ名だが、それを見てアイスバーグは嘆く。
「ンマー、酷え状況だな」
それから彼は社長として、直属の部下であるパウリーに向けてお前が面倒をみてやれと背を叩くが、あんな小娘をどう面倒見ろと言うのか。ついでに「…懐かしい気持ちになるとは思わねぇか、なぁ、パウリー」と話すが、どうにも彼が何を考え、何を指しているのかが分からない。そうしてパウリーは、ひとり資材倉庫で片づけをしている女に声をかけたが、改めて正面に立つと彼女が小柄であることがよく分かる。
「なに?」
愛想無く声を掛けたというのに、物怖じせず「お前じゃなくアネッタね」と訂正を向けるアネッタ。職人たちが嫌がるような雑用を押し付けられている割に彼女の顔色は良く、窓から差し込む光を受けた瞳がきらりと光る。
「あー……のよ、その、このあと食事とかどうだ」
「え、職場でのナンパはちょっと…」
「ちげぇよ!昼飯だ!」
「ははぁん……それがナンパの手口ってわけだ」
「そんなハレンチなことするか!!!」
そうしてガレーラカンパニーからほど近い大衆食堂にたどり着いて暫く。先の会話で分かる通り、アネッタという女は随分と人懐っこいらしい。気付けば懐に入り込まれ、食事がたどり着く前にはぎこちない雰囲気は消え失せており、お互いにアネッタ、パウリーと名前呼びが出来る程度には関係性を築く事が出来たと思う。パウリーはごろごろと肉団子が散らばるミートスパゲッティーを頬張りながら尋ねる。
「……お前よ、いま仕事楽しいか?雑用を押し付けられてばっかりだろ」
その言葉に瞬くアネッタ。意図が分からないといった様子だ。彼女は手元にあるボロネーゼをフォークにくるくると巻きつけながら、少し迷った様子で「分からない」という言葉を前置き、続けて言った。
「でも、楽しいよ。知らないことを知れるって楽しい」
「……へぇ?」
「まぁ、なんとなく私が使えないからって雑用を押し付けられてるのかな~っていうのは分かってたんだけど、……でも、雑用っていう仕事に実りがないかといったらそうじゃないでしょ?」
どういったものが、どういう用途で使われるのか。汚れが多いものや消耗の激しいものは頻度が高く、埃被っているようなものは稀。そういった小さな発見が毎日あるもんだから楽しくて仕方ないよ。それにね、いま期待してくれてない人たちだっていつかは見返してやるんだから。そう話す彼女は白い歯を見せて悪戯っ子のように笑う。それがあんまりにも楽しそうだから、つい「じゃあよ、おれが教えてやるよ」と言ったのは、先走った行動であったとしても、間違いではなかったと思う。
非力で、技術も知識も無い女。でも、常に物事を楽しむだけの前向きさがある。それは、なんだか幼い頃の自分自身を見ているようで、目の前で馬鹿みたいに輝く瞳が眩しくて、くすぐったくて仕方がない。
「っ本当?!」
「おう、カクから聞いた話じゃ図面はある程度読み解けるんだろ?なら縄を覚えときゃ、ある程度出来る事は増える」
「縄……」
「なんだよ、不服か?」
「縄ってそんなに使えるの?」
「馬鹿、縄は物を縛るだけじゃねぇ。留めることも、引っ張ることも、……人を助けることだって、なんにでも応用できるんだぜ」
「へぇ…!凄いね、なんにでも応用が出来るんだ」
純粋と言う言葉があるならば、きっと彼女の事を言うのだと思う。きらきらと、きらきらと。窓際の席に差し込む陽射しが暖かくて、彼女の金色の瞳がきらきらと光り、弾む声がこれからの展望を語る。その時、パウリーはようやくアイスバーグが懐かしんでいた意味を理解して笑う事になったが、……まさか面倒を見た事が数年後にアダとなって返ってくるだなんて、誰も思うわけがなかったのだ。
「ティンバーヒッチ、サージャンズループ…五年で色々覚えたなぁ」
嬉しそうに弾む声に、手首に掛かる圧。炎々と燃え盛るガレーラカンパニー本社にて、約五年もの壮大な裏切りに頭を垂らすパウリーに問いかける。ねぇねぇ聞いてる?本社が燃やされてるっていうのに二人揃って気絶なんてしてる場合じゃないよ。呑気に頬を突く彼女はあの日と変わらない笑みを向けており、遠く離れた場所からは、かつての同僚たちが声を掛ける。
「アネッタ、お遊びはその辺にしておけ。そろそろ行くぞ」
「はぁい」
終わりに、最期を惜しむようにパウリーの頬にある血を拭う。まぁ、いま顔を拭ったところで何も変わる事は無いけれど今生の別れだ。それぐらいしたって許されるだろう。手の平は血を拭い、頬を撫でる。皮肉な事に手の内には彼らと過ごした年月を語るように堅いタコが有るが、虚しさを煽るだけで現状は変わらない。
「……、……おしまいなんだってパウリー、アイスバーグさん」
「……楽しかったのは、もうおしまい」
独り言ちるように呟いた小さな言葉。この五年で得たものを手放すのは寂しいが、彼らに披露できるほどの技術だけは残った。それを、指一本ピクリとも動かせないほどの技術で拘束した縄が物語っている。
「じゃあね、ばいばい」
アネッタは立ちあがると衣装を翻して歩きはじめ、燃え盛る炎の中で鼻歌を口ずさんだ。