「わしの両親は海難事故で亡くなってのう。…それで、このグアンハオに連れてこられて、お前と出会ったんじゃ」
不慮の事故で過去に飛ばされて、五年が経った。二十五年前の今日。この世界に彼はまだ存在していなかった。頼れる人もおらず、彼すらいない世界に何の意味があるのだと思ったが、彼の言っていた言葉を頼りに五年間生きてきた。
生まれたばかりの赤子を攫う事も考えたが、つんと鼻が伸びた赤子を見て幸せそうに笑む夫婦を見て実行に移すことは出来ず、ならば隣人にと近付いた事もあったが、毎日が辛いだけでそれもすぐに止めてしまった。
そうして五年が経ち、船が沈んだ様子を見た私は海へと飛び込む。大事そうに船の模型を抱えた少年は頬をぱんぱんに膨らませて口と目を閉じており、懸命に彼を抱えて泳ぐ父母は私の姿を見るや否や助けてほしいと自分に託したが、そのあとは力尽きたのだろう。彼らはゆっくりと沈んでいった。
此処で彼らを助けたらまた何か変わったのだろうか。そう思いながらも此処で助けないのは、彼らの存在は今後の彼を形成するには邪魔な存在だからで、踵を返すようにゆっくりと足を動かした私は、きらきらと光る水面へと向かい、そして地上へと上がった。
「げほ…っげほ……!!」
少年は酷くむせていた。それから、確かに隣にいた筈の両親が居なくなったことに気付いた彼は辺りを見渡していたが、彼は昔から変わっていたらしい。彼らの両親が沈んだことを知るや否や、どこか納得したように「そうか、そうじゃったか」と零していた。
「……悲しくないの?」
「かなしんで、かあさんととうさんはもどるのか?」
「うーん…」
「じゃろ、……しかしこまったのう、きょうから家なし、しょくなし、むいちもんじゃ」
なんて可愛げのない子供だろうかと思ったが、そういえば、彼は昔から物事をよく見ている子供であったことを想いだす。それがなんだか懐かしくて、濡れた帽子を被ったままの彼を撫でると、ドングリ目は此方を見上げて「お姉さんがわしをたすけてくれるのか?」と訊ねた。
「……、……このあと十分もしたら大人たちが来る。その人たちと行くか、お姉さんと行くか。……どっちがいい?」
私は彼と視線を合わせるようにしゃがむ。すると少年は私の瞳を見つめたまま、「わしにとってはどちらがいいんじゃ?」と訊ねたが、こればかりは何とも言えない。ならば、どうして彼に選択肢を与えたのか。この機会を五年も待っていたはずなのに、口をついて出たのは二つの選択肢で、彼の問いかけにも「ううん、どうだろう」という言葉が出てしまう。
ただ、少年は私を暫く見つめた後「おねえさんは変じゃから、おねえさんについていく方が面白そうじゃな」と笑う。優しく頬を撫でる手のひらは驚くほど小さくて、その触れた温もりが酷くなつかしくて、胸が熱くなるのを感じながら立ち上がると「ねぇ、ドラゴンは好き?」そういって笑った。
小さな子供が行方不明に。その記事は、小さく新聞に載り続けていたが、いつしかそれは神隠しだと片付けられ、一ヶ月もすればひとの記憶からは無くなった。そうして人々の記憶から消えた少年はひっそりと生き続けていたが、その隣には年を取らぬ女がいたことも、その女が希少な竜人族であることも、語る者はいない。ただ二人は、幸せに生き続けていた。